生きて

<6> 能楽堂完成 こけら落とし機に独立

生きて 能楽師 大島政允さん(1942年〜)2015/3/18 9:56
建設中の能楽堂に立つ3代目久見氏(左)と、16世喜多六平太氏

建設中の能楽堂に立つ3代目久見氏(左)と、16世喜多六平太氏

 東京で喜多流の若手の弟子でつくる「果水会」に所属していた1960年代後半。このころ、福山にいた大島家の3代目久見氏から「本格的な能楽堂を造りたい」と告げられる

 大島家の能舞台は、最初は2代目寿太郎が大正初期に新馬場町(現福山市霞町)で建てたんだ。でも福山空襲(45年8月8日)に家も舞台も焼かれてしまった。久見叔父は東京から福山駅に戻った時、海の向こうに四国の山がかすんで見えたんだって。「とにかく舞台がないといけない」と、仮住まいに板の間を造って能舞台の形にした。でも、板もマツだったし、到底本格的といえる代物ではなかったんだね。久見叔父は「能を舞うには城がいる」と言っていたし、福山の人に本格的な舞台を見てほしかったんでしょう。
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