生きて

<8> 先祖をたどる 石碑再建 鞆の舞を復活

生きて 能楽師 大島政允さん(1942年〜)2015/3/20 16:38
輝久(左)、久見(中)の各氏と並び、再建した石碑を披露。戦時色の濃かった石碑の文字は、祖父が作った能の曲名に刻み直した(1995年10月7日)

輝久(左)、久見(中)の各氏と並び、再建した石碑を披露。戦時色の濃かった石碑の文字は、祖父が作った能の曲名に刻み直した(1995年10月7日)

 鞆の浦(福山市)の沼名前(ぬなくま)神社に、国重要文化財の移動式(組み立て式)の能舞台がある。豊臣秀吉が伏見城に設け、のちに移されたとされる。大島家はそこで1996年から毎年、1月3日に新春能を披露している

 きっかけは、その前の年。3代目の久見叔父が「沼名前神社にうちが建てた石碑が転がってる。そのままだと沼名前神社に迷惑だから、自分が生きてるうちにクレーン車で家に持って帰りたい」と言い始めた。お弟子さんと見に行ったら、確かに能舞台のそばに石碑がいくつか転がってたわけ。その中に「戦捷(せんしょう)記念植樹之碑」と彫られた石碑があった。
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