「原爆の日」特集

戦禍前、和やか元安川 広島県産業奨励館などの写真を愛好家の遺族が保管

2015ヒロシマ2015/8/14 14:02
元安橋の下から望む広島県産業奨励館。ボートで遊ぶ少年たちの笑みが穏やかな雰囲気を醸す(土井霞さん撮影)

元安橋の下から望む広島県産業奨励館。ボートで遊ぶ少年たちの笑みが穏やかな雰囲気を醸す(土井霞さん撮影)

 1937年に広島県産業奨励館(現原爆ドーム、広島市中区)を元安川から写した、地元の写真愛好家土井霞(かすみ)さん(83年に66歳で死去)のネガフィルムを遺族が保管していた。戦禍が市民を脅かす前の和やかな暮らしぶりをうかがわせる。原爆資料館(中区)は「情感たっぷりに戦前の平和な庶民生活を切り取った貴重な資料だ」としている。

 霞さんは鷹匠町(現中区本川町)にあった材木店の2代目。奨励館や、近くの本川東岸、日本赤十字社広島支部などを写した6カット分のネガを、長男の一彦さん(71)=中区=が死後に見つけ、保存してきた。戦後70年に合わせ、電子データ化した。

 川に親しむ市民の様子をユニークなアングルで伝えるのが、元安川に架かる元安橋の橋桁下から奨励館を捉えたカット。壮麗な建物をバックに、木製ボートに乗った少年たちが笑顔を浮かべている。ボートに乗るなどして撮ったとみられるが詳細は不明という。

 資料館やNPO法人広島写真保存活用の会(中区)が、奨励館の外壁に掲げられた「ラヂオ文化展覧会」の懸垂幕などから37年の撮影と確認した。同年7月には日中戦争が開戦し、次第に戦時色が強まる時期で、写真の貸しボート店も後に撤退したという。本川河岸で浮輪を着けて戯れる子どもたちや、水面に映る日赤支部のカットも、建物や橋の様子からいずれも奨励館とほぼ同時期に写したとみられる。

 霞さんは、43年4月に旧満州(中国東北部)の石油精製工場に徴用され、45年末に帰国。妻君枝さん(93)は「現地にカメラを持って行くほど写真が好きでした」と振り返る。渡航する前に、ネガは安佐郡伴村(現安佐南区)の親戚宅に預けていたが、爆心地から約400メートルに位置した自宅は焼け、母イツヨさんは被爆死した。「平和のありがたさを伝える一助になれば」と一彦さん。写真を市に寄贈する考えでいる。(樋口浩二)

この記事の写真

  • 本川東岸の石垣で戯れる子どもたち。対岸には材木店がひしめく(土井霞さん撮影)
  • 元安川の水面に映る日本赤十字社広島支部(土井霞さん撮影)

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