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小イワシ行商、どこに 「リヤカーのおばあちゃん。最近見ない」

2018/11/18 0:00
「ひろしま朝市」で魚を売る広島漁師の会のメンバー(左側)。新鮮な魚を食卓に届ける行商の伝統を受け継ぐ

「ひろしま朝市」で魚を売る広島漁師の会のメンバー(左側)。新鮮な魚を食卓に届ける行商の伝統を受け継ぐ

 瀬戸内海の味覚、小イワシ。本通り商店街(広島市中区)などで新鮮な魚を売る行商の姿を覚えている人もいるだろう。「行商のおばあちゃん。最近、姿を見ないけれど、どうしているのでしょうか」。広島市佐伯区の主婦(43)から記者が質問を受けた。はたと気になった。「あのおばあちゃん。どこから来ていたのか」

 ▽12人許可 実態は不明

 図書館で郷土資料を探すと「広島太田川デルタの漁業史」(1976年刊)という本を見つけた。広島の行商の起源は江戸時代の「大河魚市」とあった。現在の丹那漁港(南区)付近だ。大正初期は男性20人、女性148人の行商人がいたという。

 ▽港や市場で調達

 大河漁協の参事、松田輝之さん(71)=南区=に手掛かりを求めると、5年前に96歳で亡くなった母千里さんが終戦直後に始めた行商の話をしてくれた。丹那漁港に水揚げされた小イワシをさばき、氷を詰めた箱に入れてリヤカーで売り歩いたという。スーパーでの鮮魚販売が当たり前になると、市中央卸売市場(西区)から調達した。「90歳を過ぎても続けとったけど、転んで骨折してやめたけえね」

 続けて松田さんは「もう一人、本通りで行商をしとったおばあさんがおったが、少し後にやめたんじゃないか」。大河の女性たちの行商は、5年ほど前に姿を消したとみられる。

 久々宮(くくみや)ミドリさん(77)=南区=にも出会った。40年ほど前、明治生まれの母の行商を手伝い、中区八丁堀まで荷車を押したという。季節は秋から春にかけて。「真冬は手がかじかんで魚を割くどころじゃない。練炭で暖を取っとった」と思い返す。

 女の人の仕事が今よりずっと少なかった時代。「うちの6人きょうだいは、みんなイワシで大きくしてもろうた。生きるために必死だったんよ」と言う。母は80歳すぎの90年ごろまで続けた。

 行商をするには保健所の営業許可が必要だ。市保健所によると現在、12人が許可を得ているが、行商の実態の有無は不明という。

 ▽街頭の交流今も

 「広島漁師の会」代表の花木博さん(56)=中区=は2010年に行商の許可を得た。中区富士見町の平和大通り緑地帯で毎週日曜に開かれる「ひろしま朝市」で魚を売る。

 「よく『小イワシないの』と聞かれるけれど、小イワシは鮮度が命。わしらの漁は前日の水揚げじゃけえ、売り物にならんのよ」と花木さん。店先にはメバルやアジ、小ダイが並ぶ。「煮付けがええよ」「刺し身もうまいで」…。街頭でのコミュニケーションは今も生きている。(石川昌義)

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  • 丹那漁港から行商に向かう女性たち。1960年代の撮影とみられる(大河漁協提供)

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