人不足で引き留め執拗 「会社が辞めさせてくれない」
「会社を辞めたいと言っても、なかなか応じてもらえなかった」との声が、広島市中区の会社員女性(23)から無料通信アプリLINE(ライン)で寄せられた。従来の退職トラブルといえば「不当な解雇」などが思い浮かぶが、今は「辞めさせないハラスメント」が増えているようだ。実態を探った。
女性は昨年4月、広島市内の美容サロンで正社員として働き始めた。社内研修の日も休日扱いになるなど、月5日も休めない環境に失望。半年後、退職の意思を伝えた。だが上司は「今、忙しい」の一点張り。何度伝えようとしてもはぐらかされた。
3カ月がたち、悩んだ女性は広島労働局の相談窓口へ。上司にその話を伝えると、一転して願いを受け入れたという。女性は「このまま辞められないのかと絶望的な気持ちになった。人間不信になりそうだった」と振り返る。
労働人口の減少を受け、広島県内の有効求人倍率は6カ月連続で2倍を超える。広島県労連相談センターの内谷富雄所長は「人員確保に苦労する企業などから、執拗(しつよう)な引き留めに遭うケースが増えている」と話す。こうした訴えは1年ほど前から目立ち始め、11月は4件の相談を受けた。
▽仕打ちを恐れて
そもそも「辞める権利」は民法で保障されている。期間の定めがない労働契約の場合、会社の同意がなくても辞意を伝えてから2週間後に退職できる。だが取材を進めるうち、職場からの仕打ちを恐れ、「辞めたい」と言い出すことすらできない労働者も多い実態が見えてきた。
広島市内の保育園で働いていた男性(35)も、そんな一人だ。今夏、出勤時間になると自宅で吐いたり、動悸(どうき)が激しくなったりした。園長の厳しい叱責(しっせき)に追い詰められていた。
「辞めたい」と、園長に言えなかった。以前、退職を願い出た保育士に対し、辞めるまでの約1カ月間、ミスをののしったり無視したりして冷たく当たる姿を見たからだ。自分も同じ目に遭いたくなかった。
悩んだ男性は、本人に代わって退職の意思を雇用主に伝える代行業に依頼した。5万円の利用料がかかったが、園の職員と顔を合わさずに手続きを済ませることができた。「精神的に救われた」。体調も回復し今は製造業の工場で働く。
▽「権利 奪えない」
こうした代行業は今、東京を中心に10社以上ある。男性の手続きを請け負ったEXIT(東京)は2017年の創業。雇用主へ退職の意向を電話で伝え、必要なやりとりを代行する。現在、月約300件の依頼があるという。
同社の岡崎雄一郎共同代表は「辞めたせいで会社が不利益を被ったら訴訟を起こすと脅された人もいた。逆に、何とか残ってほしいと情に訴えるケースも。ただ企業がどんなに圧力をかけても労働者の『辞める』権利を奪うことはできない」。実際、全ての事案で退職は実現しているという。
労働問題に詳しい安田女子大現代ビジネス学部の辻秀典教授(労働法)は「辞めさせないハラスメント」について「人員不足による企業の余裕のなさが悪い循環を生み、自らの首を絞めている状態」とみる。「自分は会社から大切にされているという実感こそ、人材流出を防ぐ鍵。従業員がやりがいを感じられるような前向きなメッセージを発信し続ける必要がある」としている。
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