虐待とDV、密接に関係 「私も子どもの盾になれなかった」
「私も子どもの盾になれなかった」。千葉県野田市の栗原心愛(みあ)さん(10)が死亡し、傷害容疑で両親が逮捕された事件を受け、広島県内の40代女性が無料通信アプリLINE(ライン)で思いを寄せた。かつて夫から家庭内暴力(DV)を受けていた。わが子に向かう矛先を振り払えなかった、その訳を知ってほしいと訴える。DV被害の渦中で、人はどんな精神状態に陥るのか。「そこを直視しないと、事件は繰り返されてしまう」
今回の事件で、心愛さんの母親(32)は夫婦の力関係について「自分は支配下にあった」と供述しているという。父親(41)によるDVと虐待が重複するケースとみられる。「お母さんも、支援を必要とする人だったんだろう」と、声を寄せた女性は思う。
▽報道に胸苦しく
だが、テレビの報道番組を見て女性は胸が苦しくなった。父親の暴力で心愛さんが骨折しても、母親は病院に連れて行かなかったようだ―。コメンテーターが、母親ばかりを一方的に非難していたからだ。
連れて行けない理由が、女性には分かる気がした。かつての自分もそうだった。病院に行けば夫の暴力がばれる。その怒りによって暴力はさらに激しくなる。「夫の意に反することは、何より危険なことなんです」
夫の暴力は、子どもを連れて逃げるまで15年ほど続いた。殴る、蹴る、ののしる…。そのうち、女性はある傾向に気付いた。夫が幼い長男を殴るとき、自分が助けに入ると暴力はエスカレートする。逆に一緒になって怒ると、夫は一転して長男に優しくなるのだ。わが子への暴力を少しでも和らげたくて、女性は長男を怒るようになった。
DV問題に詳しいNPO法人全国女性シェルターネットの共同代表の北仲千里さん(広島大准教授)は「DV加害者の夫は、妻だけでなく子どもも含む家族全体を支配しようとする」と強調する。「一時的な優しさも、相手が自分から離れないようにするため。結局は、妻と子の両方が自分にとって都合の良い行動を取るよう巧みにコントロールする」と指摘する。
次第に女性は体に異変を感じるようになった。夫がワインの瓶をテーブルにたたき付け、鋭く割れた先で長男を殴ろうとした瞬間。「自分がその場にいる実感が消え、遠くの出来事をカメラ越しに眺めている感覚に陥った。体も動かなかった」
▽心療内科を受診
後に心療内科で「解離性障害」と診断された。強いストレスやトラウマ(心的外傷)により、記憶や意識、行動のつながりが失われる精神障害だ。記憶がなくなる▽自分である感覚を失い、自分を外から眺めているように感じる▽体がかたまる―などの症状がある。つらい体験を自分から切り離そうとする一種の防衛反応とみられる。
「DVにさらされる中、被害者は『正常な判断力』を奪われる」。被害者支援に取り組む国立精神・神経医療研究センター(東京)客員研究員の精神科専門医加茂登志子さんは指摘する。支援現場で出会う被害者に、うつ病や解離症状があるケースは珍しくないという。投稿の女性は、民間のDV被害者支援団体や行政のサポートによって夫と離婚し、穏やかな生活を獲得することができた。
北仲さんは「暴力支配下で子どもを守ることは至難の業で、『母親が子どもを守るのは当たり前』という母親神話は通用しない。どの機関も、母親をDV被害者として保護しなかったことが今回の大きな問題」と指摘。「虐待とDVは密接なつながりがあるものと捉え、女性と子どもを連動して守る支援システムが必要だ」と強調している。(久保友美恵)
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