「福岡のタクシー。芸人似の女性に乗り逃げされた」 運転手、泣き寝入り
「人気お笑い芸人のブルゾンちえみさん似の女性に乗り逃げされた」。福岡市のタクシー運転手男性(60)から西日本新聞の「あなたの特命取材班」に悲痛な訴えが届いた。常習犯の疑いもあり、タクシー協会が注意を呼び掛ける事態になっている。
▽時間惜しみ「自腹」処理も
男性は昨年3月ごろ、明け方に同市中心部の歓楽街、中洲で1人の女性を乗せた。30歳前後で、おかっぱ頭。色白で、身長は165センチくらいだった。
同市東区のマンションに着くと、女性は「お金がないので取ってくる」と言って車を離れた。10分、20分と待つが、一向に戻ってこない。タクシー代は約2400円。メーターが回った売り上げは会社に納めねばならない。男性は報告せず、自腹を切ったという。
被害者は男性だけではなかったようだ。福岡市タクシー協会は昨年9月、「乗り逃げ事案の発生・手配について」という文書を加盟各社に配った。乗り逃げした人物とみられる実名を挙げ、乗務員の主観として「『ブルゾンちえみ』を崩した感じの女性」とある。
文書によると、女性は中洲から同市東区のマンションまで乗車。「お金がないので家から持ってきます」と住民基本台帳カードを運転手に見せ、住所や名前などを告げた上で降車した。その後姿を見せず、運転手が部屋に行ったものの連絡が取れなかった。警察に相談すると「女性が実際の住所などを告げており、直ちに詐欺事件として扱うのは難しい」と言われた、という。
運転手が警察に届けた場合、事情聴取のため数時間動けなくなる。その間の売り上げも得られない。「運転手の間では、数千円なら乗り逃げされても会社や警察に伝えず、泣く泣く自腹を切るケースが少なくない」と男性は明かした。
インターネット上でも話題になった。ブルゾンさんもテレビ番組で「福岡県でタクシーの無賃乗車をする女性がいるらしい」と明かした。「私じゃないです。早く捕まれー!」(西日本新聞)
▽広島でも被害相次ぐ
乗り逃げは広島市内でもあるのか。JR広島駅前で待機中のタクシーに片端から声を掛けた。5台目で市内のA社の運転手男性(68)が「昨年末にやられた」と記憶をたどり始めた。
「南区で乗せた30代の男。追い掛けると『今度払う』の一点張り」。午前2時。早く乗務を終えて帰りたかったこともあり、会社にも報告しなかった。
台数の多い数社に尋ねると、乗り逃げは車内の防犯カメラ(ドライブレコーダー)が普及したここ10年で格段に減ったという。だが、B社の幹部は「減ったとはいえ、うちは元日の昼間にやられたばかり」と明かし、市内での乗り逃げ件数を「他社も含めて年に200件より多いはず」と見立てる。
本当にそうなのか。県タクシー協会で確かめると「把握しているのは県内で年に数件」という。2016年度4件、17年度2件。18年度は3件。いや、これは氷山の一角なのではないか。なぜなら記者が聞いたA社とB社の件は含まれていないからだ。
「客がコンビニに立ち寄ったまま消えた。出入り口が二つある店だった」「『人を連れてくる』と言ってビルに入ったきり戻ってこなかった」―。ほかの運転手からも、ここ数年で遭ったさまざまな被害を聞いた。なぜ表面化しないのか。取材を進めると背景が見えてきた。
その一つが、福岡市の運転手男性も告白した「自腹」処理だ。広島市内のC社の幹部は「少々の金額なら諦めて流せ、と運転手には言っている」と話す。運転手が会社に報告しなければ、常習犯がいても業界で情報を共有できない。
運転手の給与が歩合制なのも、報告をためらわせる一因のようだ。「労使協定で、警察に調書を取られる間に得られたはずの収入は補償する」(B社)ケースもあるが、他社の運転手たちの話によると、救済策のある会社は一部しかない。
タクシー運転手を巡る環境は厳しい。厚生労働省の17年調査では、男性運転手の年間賃金は推計で333万2900円。全産業の男性労働者の6割にすぎない。広島県は264万2500円と特に少ない。
D社の運転手男性(45)は昨春、朝帰りの30代男に踏み倒された。数百円とはいえ、手取り約20万円の月収がさらに減った。「証拠の録画があるから次は必ず警察に連れていく。なめられてばかりはおれん、こっちも生活がかかっている。しょうもないことすなやと言いたい」(馬場洋太)
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