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武家の伝統弓術、厳かに 広島の饒津神社、小笠原流が披露

2019/11/12
饒津神社で披露された小笠原流の歩射

饒津神社で披露された小笠原流の歩射

 江戸時代の旧広島藩主浅野氏の歴代藩主らを祭る饒津(にぎつ)神社(広島市東区)で10月下旬、かつて徳川将軍家の弓術師範を務めた小笠原流の歩射(ほしゃ)が披露された。浅野氏の広島城入りから今年で400年になる記念で、同流としては広島県内で初めて実施した。

 鎌倉時代以来、約800年の伝統を伝える弓馬術礼法小笠原流(神奈川県)の31世宗家・小笠原清忠さんが見届ける中、装束をまとった28人の射手が4組に分かれ2本ずつ計56本の矢を放った。騎馬に乗らない歩射の形式。厳かな所作で28メートル先の的に的中させると「矢申(やもうし)」という役が「当たりにて候」と声を上げた。

 小笠原氏は始祖の長清が鎌倉幕府の初代将軍源頼朝の師範となり、弓馬術や礼法といった武家のしきたりを定めたと伝わる。江戸時代は徳川家康から代々の将軍に仕えた。浅野氏が教えを受けたかは不明だが諸藩にも教授されていた。

 同流は競技性より日々の鍛錬や所作の美しさを重んじる。200本の矢を射る独自の「百々手(ももて)式」は国の安定を願う神事の役割も果たした。現在も鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)や京都の下鴨神社での流鏑馬(やぶさめ)奉納で有名だ。

 饒津神社の浅野史政権禰宜(ごんねぎ)は「武家である浅野氏の節目を祝うのにふさわしい威厳と優美さを備えている」と話した。(城戸良彰)

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