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浅野氏広島入城の背景探る 三次で講演会「毛利氏けん制の要に」

2019/12/20
浅野氏の広島統治の特徴を解説する玉置さん

浅野氏の広島統治の特徴を解説する玉置さん

 旧広島藩主・浅野氏の広島城入り400年を記念した講演会が、三次市小田幸町の広島県立歴史民俗資料館であった。広島城(広島市中区)の主任学芸員玉置和弘さん(51)が講師を務め、豊臣政権の五奉行の一角を占め、関ケ原の戦いで東軍に付いた浅野家が広島に入った経緯を解説した。

 幕府に無断で石垣を改修した責任を問われた福島正則が広島城を追われた1619(元和5)年、浅野長晟(ながあきら)は紀州和歌山から広島に移った。玉置さんは「周防長門(現在の山口県)の毛利氏をけん制する中国地方の要が突然、空白地帯になる危機。紀州で安定した領国経営を行い、徳川家と縁戚関係があった浅野氏に白羽の矢が立った」と解説した。

 明治維新までの約250年にわたって広島藩主を務めた浅野氏の統治を、玉置さんは「家臣同士や家族間の大きな争いがなく、商工業を発展させた。干拓で都市規模を広げ、文化も発展した」と分析。「安定した治世は、もっと評価されてもいい」と総括した。

 講演会は県立歴史民俗資料館が主催し、約40人が聴講した。(石川昌義)

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