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<3> 回遊魚

2020/1/2 7:00

 回遊魚と呼ばれる魚たちがいる。海で育った後に生まれた川に戻ってきて産卵するサケ、川で育って産卵のために太平洋を南下して海底山脈付近に向かうウナギがよく知られている。

 アナゴもウナギに似たダイナミックな回遊をする。南の海から柳の葉のような仔魚(しぎょ・稚魚の前段階)が黒潮に乗って来ることは「漁・アナゴ編」でも紹介したが、ウナギの回遊に比べ世間一般での認知度はあまり高くない。

 2008年に、ウナギ仔魚の回遊について調べていた水産庁の調査船が、沖ノ鳥島南方海域で網を引いてサンプルを採取した。その中にふ化後間もないマアナゴの仔魚2匹がいた。ふ化後3〜4日とみられる全長5・8ミリの仔魚は同島南方約380キロの海域で採取され、未発見だったマアナゴの産卵場と特定された。

 研究成果が水産総合研究センター(当時)の黒木洋明氏らの共同執筆論文「九州パラオ海嶺海域におけるマアナゴ産卵場の発見」として発表されたのは4年後の12年。日本水産学会論文賞を受賞したが、採取から年数がたっていたこともあってか記事の扱いは地味だった。世間の耳目を集めたとまではいえない。

 そのせいだろうか、取材で出会った広島湾や島根沖の日本海でアナゴを取る漁師たちは、ウナギの大回遊は知っていても「アナゴは違うだろう」という反応だった。不勉強を明かすようで恥ずかしいが、当方もアナゴ編のネタ仕込みの段階で初めてこの論文の存在を知った。

 さて、発見されたアナゴの産卵場の位置はというとフィリピン・ルソン島から千数百キロ東の海域(北緯17度、東経136度)で、九州パラオ海嶺(かいれい)と呼ばれる海底山脈付近である。ちなみに塚本勝巳東京大特任教授らが05年に発見したウナギの産卵場は、西マリアナ海嶺付近(北緯14度、東経142度)である。アナゴ産卵場はここから西北西約700キロで東京から広島までぐらいの距離である。

 同じウナギ目に属するアナゴとウナギの回遊パターンは似ている。成熟した雄と雌が海底山脈の近くに集まって産卵し、ふ化した仔魚は西向きに流れ、フィリピン沖で黒潮に乗る。流れに乗りやすい葉の形の仔魚はやがて魚の形の稚魚に変態する。

 アナゴの場合、ノレソレと呼ばれる仔魚の段階で日本沿岸に来て、高知県などでは珍味として食される。多くは瀬戸内海などの浅い海の底で過ごした後に変態し、2歳を過ぎると内海から沖合に出て成長する。これに対しウナギは外洋で変態し、稚魚のシラスウナギの形で接岸する。早ければ中国南部や台湾沖で、遅いグループは日本南西部で変態して沿岸の汽水域から川を上る。

 ところが同じウナギ目でもハモの産卵場は近場の海である。瀬戸内海でも夏ごろに中層で産卵し、ふ化した仔魚は1年間の浮遊生活を送って変態する。遠くまで回遊せずに種を残せる方がずいぶん簡単で楽そうに見えてくる。

 それに引き換え、アナゴやウナギはなぜそこまで大回遊しなくてはならないのだろうか。外敵の少ない環境で産卵し、餌の多い海域で成長するためなのだろうか。いまだ生命の神秘の領域にあるようだ。

 大回遊をする回遊魚たちはにおいや水温、塩分濃度などを感知しながら目的地を目指しているらしいことが次第に分かってきた。すごい能力ではあるが、そうした指標が変動するような環境の変化にはどうも弱いようだ。

 記事で紹介したようにアナゴ仔魚は水温10〜16度で接岸するが、温暖化による水温上昇で瀬戸内海などには入りにくくなってきた。それが漁獲激減の要因とみられる。ウナギは川へ設置されたダムや堰(せき)により、遡上(そじょう)を妨げられてきた。今では川を上る前にシラス段階で取られて大半が養殖に回される。

 環境が変動する時代の生存戦略としては、シンプルなライフサイクルを送るハモの方がなにかと有利かもしれない。その漁獲量は近年の瀬戸内海では珍しいぐらい増えている。

 一方で、大回遊する魚たちの「苦境」は坑内に入る炭鉱員たちに異変を知らせたという「籠の中のカナリア」を思い起こさせる。

    ◇

 連載「漁」の次回シリーズ「カワハギ編」は8日、中国わいど面で始まります。

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  • 広島湾で取れたアナゴ=大竹市阿多田島(9月11日午前6時32分、撮影・山城滋)

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