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<4> 続・回遊魚

2020/2/2 9:00

 ウナギやアナゴ、サケ、マグロほどの大回遊ではなくても、産卵や餌を求めるために回遊する魚は少なくない。

 埋め立てなどで失われた場所も多いが、魚の揺りかごとなる藻場や干潟、河口の汽水域に恵まれた瀬戸内海には、産卵のためにいろんな種類の魚が回遊して来る。海の中のこと故、回遊のルートとなると分かっていないことが多いようだ。

 漁師の話と研究者の見方が異なる場合もある。例えば瀬戸内海のマダイは、備讃瀬戸を境に中西部系群と東部系群に分類される。豊後水道や伊予灘南部で越冬したマダイが桜の時季以降、産卵にやってくるのは燧灘(ひうちなだ)までとの想定である。

 ところが、「浮き鯛(だい)」で知られていた三原市幸崎町能地の90歳近い漁師は「鯛(たい)は、(立春から起算して)48日(3月下旬)から100日(5月中旬)までの間に東の鳴門まで上り、その後は西に向かって豊後水道まで下る」と断言した。

 香川から愛媛、山口県沖まで船中で寝泊まりする家船で網漁を続けてきた人の話だけに、頭から否定できないように感じる。かつては播磨灘の方から備讃瀬戸を抜けて燧灘まで下っていたマダイの群れが、32年前に瀬戸大橋ができてからというもの、橋の明かりを嫌って来なくなった―。そんな話を何人からも聞いた。

 瀬戸大橋のせいかどうかは分からないが、やはり産卵回遊するサワラは近年、備讃瀬戸を境に系群が明らかに分かれているようである。2018年の岡山県内の漁獲でみると、県西部の燧灘はさっぱりだったが、播磨灘側の県東部は結構取れたという。

 いろんな魚の餌になり「海のコメ」とも呼ばれるカタクチイワシの場合、豊後水道や紀伊水道付近から春になると瀬戸内海に入り、灘と呼ばれる流れが緩やかな海域で産卵するとされる。その回遊ルートはやはりよく分からない。

 燧灘東部の香川県伊吹島を訪れた折、「カタクチイワシはどこから来るのか」と聞いてみた。漁協参事は「東西の両方から来るが、西の方からが多いんと違うか」。網元の一人は「西から入ってきて産卵後は東に出る」とこれも断言した。

 春以降は南北の回遊もあるようだ。走島の網元によれば最初は芦田川河口に近い鞆沖にシラスが湧き、成長するに従って南下していたという。汽水域の甘い水を好むシラスの習性からしてもうなずけるが、河口堰(ぜき)ができた影響からか漁は減っている。

 一方で、回遊には無頓着な漁業者も多い。「入って来るイワシを取るのがワシらの仕事」(広島県内の網元)といった具合である。

 回遊の研究が比較的進んでいるのはトラフグである。マダイやカタクチイワシのように浮遊卵でなく砂地に産卵するため、産卵場が特定しやすい。その一つである布刈(めかり)瀬戸(尾道市向島と因島の間)から標識を付けて天然魚を放流したところ、豊後水道を抜けて日向灘へ、関門海峡を抜けて玄界灘や五島付近まで回遊していることが分かった。二十数年前のことである。

 各海域から標識放流を繰り返し行った結果、天然魚も人工種苗魚も成熟すれば大半が生まれ故郷の産卵場に戻ってくることが確認された。ウナギやサケほどではないが、かなり大きな回遊である。

 トラフグの資源を増やそうと、瀬戸内海では稚魚の放流が盛んに行われている。ところが天然トラフグの漁獲は右肩下がりである。回遊のサイクルのどこかが途切れているからだろう。

 餌を求めて瀬戸内海を回遊する代表的な魚の一つがタチウオである。大産卵場のある豊予海峡付近から春先、伊予灘を抜けて斎灘に入り、5月の連休明けに燧灘に入る。回遊先で取れるタチウオはよく肥えた上物が多いと市場の評価は高かった。ところが近年は資源の落ち込みが目立ち、回遊する群れも急減している。

 サバ類も回遊する。意外なところでは、大分県佐賀関沖で一本釣りされる関サバは従来、餌が豊富で急潮流の豊予海峡で育つとされていた。最近の研究では、広島方面の海域まで回遊して来るとの見方が出ている。待ちの姿勢よりも自分から動く方が餌に出合いやすいはずである。

 そういえば広島沖で取れる脂が乗ったサバの刺し身は舌がとろけそうなおいしさだった。豊予海峡に戻った折には関サバと呼ばれたのだろうか。惜しいことに、関サバも広島沖のサバも漁獲量は減り続けている。

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  • 伊予灘南部で冬場に取れたマダイ(愛媛県伊予市の下灘漁港)

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