コラム・連載・特集

<6> 袋競りとコロナ

2020/4/27 14:15

 よく行く近所のスーパーで最近、トラフグ刺し身の1人前パックが400円台で売られていて驚いた。養殖物でもかつてない特価だろう。新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、高級魚トラフグの取引値は3割も下がっている。

 下関市の南風泊(はえどまり)市場の競りに加わる仲卸会社の経営者は「フグを食べさせる飲食店はもう開いていない。こんな状態がいつまで続くのか分からないのがつらい」。競り落としたトラフグは主に冷凍保存するしかなさそうである。

 「漁・トラフグ編」の取材で南風泊市場を取材した2月21日には、まだそこまで新型コロナウイルスの影響は出ていなかった。筒状の黒い袋の中で競り人の指を仲買人(仲卸)が握って値を伝える袋競りも普段と変わりなく行われていた。

 10日余り後の3月4日、中国地方初の新型コロナウイルス感染者が下関市で確認との発表があった。以降、各地でクラスターを含む感染拡大が続き、「3密」の回避が叫ばれている。

 「漁」連載は取材から日を置いての掲載が多く、4月23日付の「トラフグ編(7)南風泊市場」の回も2カ月が経過していた。その間、袋競りがどうなっているか気になって市場関係者に電話した。吹きさらしの市場内は「密閉」ではないが、指を握る行為は「密接」そのものである。

 掲載前日も市場の課長と仲卸会社社長に確認の電話を入れた。競りの前に参加者全員が検温、手洗い、手指消毒など感染防止に気を配って袋競りを続けていることを確かめて記事にゴーサインを出した。

 余話2回目でも書いたが、符丁という業界の隠語で値段を呼ぶなど、競りには「分かってもらっちゃ困る」といった要素が今もある。その究極の姿が指を握り合う2人だけにしか分からない袋競りだろう。起源は諸説あるが、品薄のときに相場が大荒れになったため始めた、とも言われる。

 全国でもここにしかない競り形式はなにやら儀式めいたところもあり、トラフグの特別さを際立たせる。下関市内の観光スポット唐戸市場には袋競りの像まである。簡単に止めるわけにはいかないのである。

 当方にも「新型コロナウイルスに注意して取材を」と声を掛けていただくことがある。自宅で原稿を書いて職場にたまに顔を出す程度のテレワークを以前から続けているが、取材で各地を回らなくては記事は書けない。

 専ら自分が運転する車で移動し、対人取材中はマスクをしている。ただ外に出ればその分リスクは増える。扉のノブや取っ手に身構え、人との距離に気を使う。次回の海藻編取材で訪れた港町のスーパーで昼食を品定め中に、すぐ脇を小走りで通り過ぎながら大きなくしゃみをしたノーマスクの男性がいた。何事もなく2週間が経過するまでちょっと落ち着かなかった。

 確かに先が見えないのがつらいが、自らが気を付け、他人を気遣って日々を過ごすしかないだろう。大型連休は自宅で原稿を書きながら、人の迷惑にならないように気晴らしのジョギングを続けようか。 

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  • トラフグの袋競り。新型コロナウイルスの感染防止に気を配りながら続けている(下関市の南風泊市場)

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