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【ヒロシマの空白 被爆75年】原爆犠牲「米に賠償責任」 79年厚相諮問機関で元外務省局長

2020/5/18 0:00
故西村熊雄氏

故西村熊雄氏

 ▽請求権放棄した政府に弔慰求める

 国の被爆者対策の基本理念を議論するため1979〜80年に設けられた厚生相(当時)の私的諮問機関で、サンフランシスコ講和条約の交渉担当だった元外務省条約局長が「原爆投下の人命破壊は国際法違反で、米国に損害賠償責任がある」との考えを述べていたことが17日、分かった。同時に、対米請求権を同条約で放棄した日本政府に死没者と遺族への施策を講ずるよう求めた。しかし、発言内容は意見書に反映されなかった。

 47〜52年の条約局長で、57年に退官した故西村熊雄氏。国が開示した議事録から明らかになった。橋本龍太郎厚相だった当時、有識者7人が非公開で議論する「原爆被爆者対策基本問題懇談会」(基本懇)に、国際法の専門家として「元フランス大使」の肩書で参加した。

 日本被団協などは当時から現在まで、日本政府による死没者への補償としての弔慰金支給や、原爆投下の違法性を訴え続けている。一方で国は「違法ではない」との見解を示していた。西村氏は元政府関係者ながら、被爆者団体と一定に重なる意見を持っていたことが読み取れる。

 西村氏は79年7月の第3回会合で、米国の原爆投下による「破壊」は「不必要な苦痛」を与える兵器の使用などを禁じた戦時国際法に反しており、「(不法行為への)賠償責任があると断言できる」と述べた。米国に被害者救済を求めてこなかった日本政府に「最大限の措置」を求めた。

 また、政府の被爆者対策が生存者に対象を絞っている点を問題視。弔慰を表すための個別給付を念頭に、「あの瞬間に死んだ何十万という方ないし遺族に何かをやるべきだ」とした。

 西村氏は委員在任中の80年11月に死去した。後半の会合は欠席していたとみられる。西村氏が亡くなった翌月の80年12月、基本懇が園田直厚相に意見書を答申。国民は戦争被害を等しく我慢しなければならないという「戦争受忍論」に依拠して、弔慰金支給などの案を退けた。

 意見書は、94年成立の被爆者援護法の内容を方向付けた。現在も被爆者援護の指針であり続けており、「原爆の最大の被害者」(日本被団協)と言われる被爆直後の犠牲者たちと遺族への個別補償は実現していない。

 議事録は2009年に報道機関の情報公開請求で大半が開示されたが、国は発言した委員の名前を伏せていた。今回、広島原爆の「黒い雨」訴訟原告側弁護団の請求で、発言者名も開示された。(水川恭輔)

 ▽死没者救済にも同情的 山田寿則・明治大兼任講師(国際法)の話

 核兵器使用をめぐる一般論としてではなく、広島と長崎への原爆投下について国際法違反だと捉え、米国に賠償責任があると発言している。戦後の日本政府の主張とは明確に違う。死没者救済にも同情的だ。講和条約により対米請求権を放棄せざるを得なかった悔しさも推察できる。興味深い発言記録だ。

国の責任を問う<1>給付金の「線引き」 「遺族も被爆」が条件

国の責任を問う<2>まどうてくれ 全ての死者に償いを

国の責任を問う<3>追悼平和祈念館 死没者銘記まだ一部

国の責任を問う<4>「分断」にあらがう 空襲・原爆、共に被害者

国の責任を問う<5>被爆者健康手帳 91歳でやっと手に

国の責任を問う<6>原爆症認定 「放射線起因」に限定

国の責任を問う<7>内部被曝 広範囲に「黒い雨」

国の責任を問う<8>被爆2世 「遺伝」未解明、援護の外

国の責任を問う<9>禁止と廃絶 「生き残った者の務め」

被害の全て、償われたか 死没者への救済、国は放置 生存者援護も限定的

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