【こちら編集局です】密な艦内「至ル所患者」 呉に旧海軍の「スペイン風邪」殉職碑
約100年前にパンデミック(世界的大流行)を引き起こしたインフルエンザ「スペイン風邪」。新型コロナウイルスの感染拡大で今、再び注目されているその猛威について「象徴的な石碑が地元にある」と、呉支社編集部に情報が届いた。調べてみると、ウイルスの集団感染の悲劇を後世に伝えようとした、呉市上長迫町の長迫公園(旧呉海軍墓地)の「軍艦矢矧(やはぎ)殉職者之碑」だった。私たちは先人の思いを生かせているのか―。
▽説明文消え教訓伝わらず 軽症者を楽観視…乗員1割死亡
情報を寄せてくれたのは、日本近代史に関心の深い広島県府中町の会社役員野間伸次さん(57)。碑に記された矢矧は日本海軍初期の軽巡洋艦で、呉を母港とした。矢矧には太平洋戦争で戦艦大和と共に沈没した別の艦があるが、「そちらに比べ、まるで知られていない。少し前まで私も知らなかった」と話す。
残された戦時日誌の「軍艦矢矧流行性感冒ニ関スル報告」によると、矢矧は1918年11月9〜30日にシンガポールに寄港した後、艦内で集団感染が発生。乗員469人の大多数が発症、10%を超える48人が死亡する惨事になった。
矢矧の悲劇について詳細につづったのが、経済学者の速水融(あきら)さん著「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」(藤原書店、2006年)だ。同報告について「このインフルエンザの感染がある空間にどのような状況を作りだし、どのような結果を生んだのかを知る最高級の資料」とし、原文も収録している。
野間さんは、最近増刷された同書を読んで「身近な地にこんな歴史が刻まれているとは」と驚き、自ら長迫公園に足を運んだ。ただ、碑文は表の題字だけで「殉職」の経緯を伝える説明はなく、「悲劇が教訓として伝わらないとしたら残念」と語る。
同書などによると、矢矧がシンガポールに停泊した当時、既にスペイン風邪の世界的流行が報じられていた。出港前に一部乗員に発熱が見られたものの、軍医官は「甲板に寝たための普通の風邪」と診断し、乗せたままマニラへ出港。航行中の艦内、とりわけ機関室の密閉空間で患者が急増し、十分な隔離もできず、看護部員や医長も寝込んで医療崩壊が起きた。
「艦内至ル所患者転顛(てんてん)シ呻吟(しんぎん)苦悩ノ声ヲ聞クモ又如何(いかん)トモスル能ハズ惨憺(さんたん)タル光景ヲ呈セリ」と、報告は記す。出港5日後にマニラに入るが、そこでも入院先の病院や艦内で死者が続出した。「密閉空間のリスク、軽症者への楽観の危うさなど、今に通じる教訓がたくさんある」と野間さん。矢矧は翌19年1月30日、遺骨と共に呉に帰港した。
長迫公園を管理する呉海軍墓地顕彰保存会(呉市)によると、矢矧の碑は悲劇から約1年後に建てられたが、終戦後の48年、広島県社会教育課による「墓碑資格審査」に基づき表の題字と裏の金属板が共に剥がされ、57年、題字だけ復元された。裏にあったと思われる説明文の記録は残ってないという。
同書の著者速水さんは昨年12月に亡くなった。終章で「スペイン・インフルエンザから何も学んでこなかったこと自体を教訓」とするよう訴えたのは、予言的ですらある。感染症の脅威を世紀を超えて伝える碑について、あらためて地域から発信する試みがあっていいように思う。(道面雅量)
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