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≪新型コロナ≫議事録の不在 歴史残す自覚ないのか

2020/6/3

 新型コロナウイルス対策を検討する専門家会議の議事録を、政府が作成していないという。

 新型コロナの感染拡大は歴史的にも重大な事態で、その対応は、後に検証されるべきものだ。詳細な記録を残すことは、その大前提になる。

 政府はこれまで、議事録は「不要」と説明してきたが、ここに来て方針を見直す検討に入ったという。これまでの理屈は何だったのか。国民が納得できるように説明してほしい。

 そもそもこの3月、新型コロナを国家・社会として記録を共有すべき「歴史的緊急事態」に指定し、将来の教訓として記録作成を義務づけたのは現政権だ。安倍晋三首相は「適切に、検証可能なように文書を作成、保存していると認識している」と強調していたはずである。

 「歴史的緊急事態」は、民主党政権下で東日本大震災に関する会議の議事録が未整備だった反省を踏まえ、2012年に行政文書管理のガイドラインに加えられた経緯がある。当時野党だった自民党は「都合の悪い資料は隠すのか」と政府を批判していた。同じことをいま、野党に責められても仕方あるまい。

 どの会議で詳細な議事録を残すかは政府に委ねられている。政策の決定や了解をする会議には記録作成が義務付けられるが、政策決定をしない会議は議事概要などの作成にとどまる。

 政府はこれまで、専門家会議が「政策決定または了解を行わない会議」に該当するとしてきた。メンバーに率直に議論してもらうため、議事録を作成しなくても問題はないとの認識を示していた。

 だが、そうだろうか。議事概要では発言者が特定できないばかりか、意見に賛否があったかどうかなども確認できない。感染症や公衆衛生の専門家、法律家らが2月から14回、感染状況を分析し、予防策を提言してきたにもかかわらずだ。

 会議の議論は、国の政策の根拠の一つとなっている。国の方針に基づいて自治体も施策を進める。2月末の安倍首相による一斉休校の政治判断にも影響を与えたとされる。政策によってメリットもデメリットも生まれ、国民はさまざまに苦難を強いられている。議事録を残さなくていいとはとても思えない。

 専門家会議メンバーからも議事録公開の検討を求める意見が出ている。岡部信彦・川崎市健康安全研究所長は、「誰がどういう発言をしたか責任を持ちたい」と語る。菅義偉官房長官は「(専門家会議の)方向に従うのが政府の考え」と述べている。ならばなぜ初めから議事録を作成しなかったのだろうか。

 現政権では、ずさんな公文書管理が相次ぎ明らかになっている。陸上自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)や森友学園を巡る財務省の文書改ざん、桜を見る会の招待者名簿廃棄など、記録保存を軽視する姿勢は一連に映る。

 新型コロナなど感染症対策は政府への国民の信頼が鍵となる。そのためにも政府は詳細に記録を残し積極的に開示する必要がある。録音などが残っているのではないか。早急に初回からの議事録を作成すべきだ。

 新型コロナを巡る政策決定の過程を残しておくことは「いま」のためだけではなく、将来に対する責任でもある。それを忘れてはならない。 

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