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「息ができない」抗議デモ

2020/6/3

 推理小説は、事件から社会の病巣をえぐる。米国で約20年前、新聞記者が書いた「チャーム・シティ」(ハヤカワ文庫)の巻頭にこんな一節がある。<通りがかりの車から射殺するのは、はやらなくなった。連行したうえで射殺するケースが増えている>▲東海岸の都市ボルティモアの犯罪統計を巡る警察幹部の論評である。ギャングか何かの手口だろう。それが今や警官が連行前に膝で首を押さえ、息の根を止めるとは…。黒人男性の暴行死で抗議の波が米全土に広がる▲白人警官の仕業に人種差別を嗅ぎ取り、荒れ狂った一部は街角で略奪に及んだ。トランプ大統領は結束を説くどころか、ツイートで「略奪が始まれば、発砲が始まる」と火に油を注ぐ▲半世紀前、南部の市警本部長が黒人社会に向けて言い放った脅し文句らしい。差別発言の極みだとして、米国では知られてきた。性懲りもなく、それを引くとは挑発以外の何物でもない▲長年はびこってきた病根の人種差別と、トランプ流の分断。異を唱えるデモは諸国にも飛び火している。合言葉の一つは「息ができない」。警官の膝の下で、例の黒人男性があえぎながらも絞り出した、いまわの際の声だという。

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