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【武家茶道 新たな時代へ】上田宗箇流若宗匠の1年<8>夏の装い

2020/6/6
廊橋に立つ若宗匠。濃さを増すカエデの青葉を眺め、夏の訪れを実感する

廊橋に立つ若宗匠。濃さを増すカエデの青葉を眺め、夏の訪れを実感する

 ▽風炉・すだれ 客に涼を

 明け方の冷気はあえなく消え去り、午後も近くなるとむせかえるような日々が続く。

 武家茶道上田宗箇(そうこ)流の上田宗篁(そうこう)若宗匠(41)は、上田流和風堂(広島市西区)の廊橋(ろうきょう)に立ち、内路地を眺め渡す。頼りなげだったカエデの若葉も濃さを増し、室内に緑の影を投げ掛けてくる。夏はもう、そこまで来ている。

 5月になり、和風堂の装いも大きく変わった。広間や茶室を模様替えし、本格的な暑気の到来に備える。

 からりと晴れ上がった4月の終わり、若宗匠らは広間「敬慎斎(けいしんさい)」に集まった。

 まず取り掛かったのは、炉じまいである。夏は客から火を遠ざけ、爽やかに見せるため風炉(ふろ)に切り替え、10月末まで用いる。

 炉縁(ろぶち)を外し、炉壇(ろだん)の中に残った灰を取り除く。若宗匠は「土を固めた炉壇は繊細。丁寧に扱わないと傷ついたり欠けたりすることもあります」。慎重を要する作業だと強調した。

 任されたのは、福間宗伸師範代(58)だ。底取(そことり)と呼ばれる道具で灰をすくっていくが、炉壇に触れないよう注意を払う。時折火箸に持ち替え、炭の破片をつまみ出す。灰をかき出し終えると、炉畳を一枚畳に替えて炉を覆う。

 ふすまも取り払い、あとにはすだれを掛ける。亭主や客が座る位置には、ひんやりとした肌触りの敷物を広げる。

 庭の植え込みをそよがせた風が広間に吹き込んでくる。空気の流れに従ってすだれが揺れる。すだれ越しの光は柔らかく、室内はほどよい明るさに包まれる。玄関の障子も外し、葦(よし)を編んだ葦簀戸(よしずど)をはめ込んだ。

 「これから最も細かい仕事に入ります」。若宗匠が書院屋敷に風炉を持ち出してきた。灰形(はいがた)をこしらえる作業である。

 炉と風炉では用いる灰が異なり、風炉の灰は焼いたカキ殻を粉状にしたものに木灰を混ぜた白色の灰だ。炉の底に和紙を敷き、土器(かわらけ)を置き、そこに灰を入れていく。山をつくり、中心部分をすり鉢状に整える。ゆがまないよう表面がざらつかないよう、灰さじで削ったり固めたりしていく。

 若宗匠によると、灰形の種類にもよるが、一つ完成させるのに簡単なものでも2時間近く掛かる。

 夏季の茶の湯の心得について「いかにも涼しきやうに」と説いたのは千利休であった。いたって簡明な教えだが、実践するとなると簡単にはいかない。

 若宗匠は「一番大切なのはお客さまに少しでも心地よくなってもらいたいという気持ち。そう考えて演出に工夫を凝らすのです」。先人の教えを踏まえ、現代の茶人も夏ならではのおもてなしに知恵を絞り、心を砕く。

 ▽対外行事そろり再開

 「かかとではなく、つま先で歩きます」「男性は1畳を4歩で進みますが、女性は5歩です」

 御菓子所「高木」の十日市本店(広島市中区)で5月30日、若い女性を対象にした講座があった。話をするのは若宗匠だ。茶室での礼法や所作について1時間余り、実技を交えて指導に当たった。

 同27日は、月刊フリーペーパーのインタビューを受けた。そしてこの日の講師と、新型コロナウイルスの影響で止まっていた対外行事が、緊急事態の解除によって再開となった。若宗匠は「緩まないよう気を付けてペースを取り戻していきます」と気合を入れ直す。

 受講者5人は、いずれも「ミスなでしこ」広島県代表の最終審査の出場者である。県代表は12月に京都である全国大会に出る。和の文化や伝統の素晴らしさを国内外に届ける役割を担う「なでしこ」としての発信力を磨くため、若宗匠に力を貸してほしいと声が掛かったのだ。

 会場となった高木の茶室に、若宗匠は最後の広島藩主浅野長勲(ながこと)が揮毫(きごう)した「百事楽嘉辰(かしん)」の掛け軸を持ち込み、床に飾った。嘉辰とは吉日。あらゆることで良い日を楽しむという意味があるという。

 コロナ禍は一息ついたとはいえ、社会にはいまだに閉塞(へいそく)感が漂う。「だからこそ百事楽嘉辰の心を大切にしたい。受講者にもそう伝えたかったんです」

文・林仁志編集委員、写真と動画・高橋洋史、宮原滋。

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  • ふすまを取り外し、すだれを掛けていく。少しでも涼しく感じられるよう広間の模様替えが進む
  • 風炉の灰形をこしらえる。時間をかけて慎重に形を整えていく
  • 和風堂玄関の障子を取り外し、葦簀戸をはめ込む
  • 炉の灰を取り除く福間師範代。炉壇を傷めないよう細心の注意を払う
  • 「かかとでなく、つま先で歩きましょう」。若い女性に茶室での歩き方を指導する

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