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横田滋さん

2020/6/7

 いつも必ずネクタイを締め、口を開く時には、ほほ笑みをたたえていた印象が強い。「誠実」を絵に描いたような人柄が伝わってきた。まな娘を北朝鮮に連れ去られ、帰国を待ちわびていた横田滋さんがとうとう力尽きた▲穏やかな顔が、ゆがんだ場面も覚えている。2002年9月17日。日朝首脳会談で長女めぐみさんの「死亡」が伝えられた際、顔が紅潮し、むせんで言葉が止まる。心が張り裂ける瞬間を目の当たりにした思いがした▲めぐみさんが拉致されて42年余り。滋さんの生涯87年の半分近い歳月だ。娘が独りで苦しんでいるのだから、自分も頑張る、苦しむんだと思い定めていたと聞く▲講演会の依頼も断らず、全国を巡る行脚は1400回以上に及ぶ。妻の早紀江さんがこんな裏話を明かしている。滋さんは服装には至って無頓着で、ネクタイも服も妻頼みだったらしい▲心境をうかがうのも、早紀江さんの短歌に頼るとする。<朝まだきさえずる鳥の声も哀(かな)し子を待つ淡き門灯三とせ>。引っ越すまで横田家では門の明かりを夜通しつけ、帰りを待った。朝、「今日も帰ってこなかった…」と消す切なさ。病床で心にともし続けただろう、灯が浮かぶ。

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