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横田滋さん死去 拉致解決に政府は動け

2020/6/7

 北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父親で、被害者家族会の初代代表だった滋さんがおととい、87歳で亡くなった。救出運動のシンボル的な存在だった。ご冥福を祈りたい。

 「必ず生きている」。当時中学1年生だった長女めぐみさんが新潟市内で失踪してから42年余り。妻の早紀江さんとともに、まな娘の無事の帰国を願い続けてきた。その日を迎えることができなかった親心を思うと、言葉がない。

 めぐみさんの消息に手掛かりがつかめたのは失踪から20年後の1997年だった。韓国に亡命した北朝鮮の工作員が拉致の可能性を証言した。同じ年、被害者の8家族で会を結成する。

 当時64歳で、会の父親の中では最年少だった滋さんが代表に選ばれた。その人が亡くなり、拉致被害者の親はこれで10人が他界したことになる。拉致の解決にそれだけ、時間がかかっている裏返しにほかならない。

 無論、非は北朝鮮にある。人間の尊厳と自由をないがしろにした非道であり、国家による犯罪の責任になぜ頬かむりするのか。決して許されない。

 拉致を巡る、日本と北朝鮮との交渉は暗礁に乗り上げたままだ。政府は全面解決に向け、本腰を入れ直す必要がある。

 家族会の発足当初は、拉致に懐疑的な人も多く、救出を呼び掛ける署名活動は冷たくあしらわれた。そんな中、横田さん夫妻は全都道府県を回って1400回以上の講演を重ねるなど、社会に働き掛けてきた。

 救出運動が世論の支持を得た理由の一つに、滋さんの人徳もあるのではないか。親として子を思う心を語るという軸は決してぶれなかった。拉致現場の新潟にある地方紙、新潟日報もきのう、こう報じていた。

 北朝鮮バッシングや在日朝鮮人に対するヘイトスピーチのような問題が起きた時でも、滋さんは「悪いのは北朝鮮の独裁体制と指導者」であるとし、北朝鮮の一般国民や在日の人々については、むしろ「ともに同じ被害者」と語っていたという。穏やかで誠実な人柄が、共感の輪を広げたのは想像に難くない。

 世論の高まりが2002年、当時の小泉純一郎首相の北朝鮮訪問につながり、解決への風穴が開いた。故金正日(キムジョンイル)総書記が謝罪し、蓮池薫さんら被害者5人が帰国する。横田さん夫妻は娘の「死亡」を告げられたものの、その後に孫娘と面会する。

 一方で、めぐみさんは自殺したとして、北朝鮮が引き渡してきた証しの「遺骨」は、あろうことか別人の物だった。再調査にも応じない。親の気持ちをどう考えているのだろう。

 米国と北朝鮮による18年の電撃的な首脳会談で、日朝関係も再び融和ムードを迎えるかに見えた。だが、進展はない。北朝鮮は日本と向き合うどころか、弾道ミサイルなどの発射実験を繰り返している。

 家族会は政府に対し、「何をしなければならないかを真剣に考え、具体策を講じてほしい」と訴えた。横田さんの遺言代わりでもあるのだろう。

 安倍晋三首相は「めぐみさんの帰国が実現できなかったことは断腸の思いだ。本当に申し訳ない」と語る。ならば、その解決に向け、一刻も早く、北朝鮮と独自に交渉する道を探るべきである。

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