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【ヒロシマの空白 被爆75年】被爆前の写真、ウェブに1000枚 読者提供続々

2020/6/20
タソヤ百貨店

タソヤ百貨店

 公的機関の所蔵資料から、取材班がくまなく収集。読者からも個人所蔵の一枚が次々と提供されている。ウェブサイト「ヒロシマの空白 街並み再現」にアップした被爆前の市内の写真は、21日の追加公開分で計千枚に達した。1月の開設以来、読者とともに内容を充実させている。

 田曽勝代さん(76)=広島市佐伯区=の手元には、夫の祖父が平田屋町(現中区)で営んだ「タソヤ百貨店」の写真があった。原爆で店は壊滅し、戦後は繁華街の本通りから撤退した。広島積善館(中区)の岡原秀登会長(77)は、1928年撮影の店の外観を寄せてくれた。

 安佐南区に住む104歳の瀬川美智子さんが寄せた1枚は、県立広島商業学校(現県立広島商業高)の野球部が29年に夏の甲子園で優勝し、広島駅に凱旋(がいせん)した時のものとみられる。33年に完成した県立広島第二中(現観音高、西区)の50メートルプールを写した1枚は、西区の菊崎芳幸さん(77)の提供。父の遺品で、処分予定だったが紙面を読んで提供を決めた。

 原爆で焼かれ、変わり果ててしまう前の地域や生活の姿を知ろうと、広島では60年代後半から官民を挙げた街並みの「復元調査」が行われた。なおも「空白」は残った。写真は、個人の思い出の品であるとともに、ヒロシマの貴重な「資料」にほかならない。

この記事の写真

  • 広島積善館
  • 市民で埋め尽くされた広島駅前
  • 広島二中のプール
  • グーグルマップに写真を配置した「ヒロシマの空白 街並み再現」https://hiroshima75.web.app/

上記の写真をクリックすると拡大して表示されます。

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