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【ヒロシマの空白 被爆75年】街並み再現 その他の写真

2020/6/20
元安橋の欄干から川を眺める市民。奥に大正屋呉服店(現レストハウス)の看板が見える。鈴木六郎さんが1939年撮影(鈴木恒昭さん提供)

元安橋の欄干から川を眺める市民。奥に大正屋呉服店(現レストハウス)の看板が見える。鈴木六郎さんが1939年撮影(鈴木恒昭さん提供)

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  • 元安橋の下から望む広島県産業奨励館。少年たちがボートで遊んでいる。土井霞さんが1937年に撮影(土井一彦さん提供)
  • 県産業奨励館の北側の通用口。写るのは広島県被団協(坪井直理事長)の箕牧智之理事長代行の父、故省吾さん。1939年ごろ撮影(箕牧さん提供)
  • 県産業奨励館の庭園で遊ぶ鈴木英昭さん(右)と妹の公子さん。2人とも被爆死した。父の六郎さんが1939年に撮影(鈴木恒昭さん提供)
  • 米軍の原爆投下目標となった相生橋。右奥に県産業奨励館のドーム屋根が見える。右の新宅和子さんは県女1年で被爆し、遺骨は不明。1934年撮影(鈴木恒昭さん提供)
  • 生活の場だった中島本通り。大正屋呉服店(現レストハウス)前から西を望む。1939年ごろ撮影(奥野勝彦さん所蔵、広島市文化振興課提供)
  • 中島本通りの藤井商会前で三輪車で遊ぶ現在91歳の緒方昭三さん(広島市中区)=右=と母コマさん(緒方さん提供)
  • 井上良候さん

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