生きて

<1> 裏方人生 けがの程度 正確に把握

広島東洋カープトレーナー 福永富雄さん(1942年〜)2020/6/23
孫のようなナインの動きに目を配る

孫のようなナインの動きに目を配る

 創立70周年を迎えた広島東洋カープに、誰よりも長く籍を置く。けがは避けられないプロ野球。トレーナー部アドバイザーの福永富雄さん(77)は、治療技術や医学の進歩にいち早く反応し、ナインの体と心に寄り添ってきた。下松市の整骨院で生まれ育ち、兄の背を追って入団。負けっぱなしの低迷期も、赤ヘルが輝いた黄金期も知る。在籍58年目は球音が響かない春が過ぎ、19日にようやく開幕。前例のないシーズンに挑む選手たちを温かく見守っている。

    ◇

 長くやっていると、いろんな事があるね。無観客か。調子をつかみにくいだろうな。どんな時代であっても、この世界で活躍するには「骨太」でなければいけない。体が資本だからね。文字通り、骨が太くて頑丈。そんな選手が名を残している。でも体だけじゃないよ。心が基本だよね。けがと無縁のプロ野球選手なんて存在しない。捻挫や肉離れ、手首やあばら骨の骨折だってある。それでも、痛みを乗り越えて「グラウンドに立つ」。その基本がしっかりしているかどうか。気骨の太さというか、たくましさだよね。

 けがの線引きは難しい

 僕は優柔不断な三男坊。決断力がない。この仕事には必要ないから。けがの線引きをするのは選手本人。痛いか、痛くないか。プレーできるか、できないか。治すだけなら簡単。休めばいい。でも、それじゃプロは稼げない。レギュラーになれない。2215試合連続出場の衣笠祥雄は僕を頼り、痛みも全て明かした上で出続けた。フルイニング出場を続けた金本知憲は真反対。僕を意識的に遠ざけて、痛みを隠してでもグラウンドに立ち続けた。気骨ある「鉄人」たちには、休んで治すという選択肢がなかった。

 けがはチーム力にも影響する

 裏方の僕らができるのは、けがの程度や症状を正確に把握して、首脳陣へ伝えること。試合への出場は監督が判断する。骨太な主力たちがグラウンドに立ち続ければ、強い集団になる。一昨年までのリーグ3連覇も、不動のレギュラーが多くいたよね。1975年、悲願の初優勝もまさにそうだった。(この連載は報道センター運動担当・山本修が担当します)

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