コラム・連載・特集

異端の岩国 <下> 遠くの県都より近くの広島 ヒト・モノの流れ片思い

2020/7/8 20:38
広島方面(奥)への車で渋滞する県境の小瀬川の栄橋。山口方面への車はまばらだ=小型無人機から(4日午前11時10分、撮影・山下悟史)

広島方面(奥)への車で渋滞する県境の小瀬川の栄橋。山口方面への車はまばらだ=小型無人機から(4日午前11時10分、撮影・山下悟史)

 ▽地元経済の空洞化懸念

 岩国市由宇町の会社社長福岡忠男さん(71)にとって広島東洋カープは文字通り「命懸け」の付き合いだ。

 2016年6月、広島のマツダスタジアムへカープの試合を見に行く途中、JR岩国駅で心筋梗塞に見舞われた。「カープが優勝するまでは死ねんよね」。救急車の中で励ましてくれた観戦仲間の声が耳に残る。心臓が2回止まったが、集中治療室(ICU)にテレビを特別に置いてもらい観戦を続けた。「ICUにいる間は破竹の11連勝。カープのおかげで死なずに済んだ」と笑う。

 ▽日常的に行き来

 岩国市民にとって電車で50分ほどの広島は、県都山口市よりずっと身近な存在だ。カープが由宇町に2軍の球場を置くこともあってファンが多く、16年からのセ・リーグ3連覇では優勝のたびに地域は沸いた。JR広島駅近くのマツダスタジアムは交通の便も良く、足しげく通う人もいる。福岡さんも年間40試合は見に行くという。

 日常的に広島へ行き来する人も多い。15年の国勢調査によると、広島市に通勤通学する岩国市民は2295人。大竹市へは2473人だ。岩国と周南を行き来する人がどちらも千人前後ずつなのに比べると相当密接な関係だ。南岩国町から廿日市市の宮島の会社に通勤する増井恭介さん(41)は「電車で10分もかからないうちに広島に入る。県境をまたぐからといって大げさな移動をしているという意識はない」と話す。

 大都市に近いことは仕事やレジャーで何かと便利な一方、周辺の小都市には負の側面も浮かぶ。「ヒト、モノ、カネ」を吸い上げられ、産業の空洞化や地域活性化を阻む要因にもなる。実際、岩国から広島へ向かう人の流れに比べ、その逆は5割強しかいない。

 山口経済研究所(下関市)の19年度調査によると、岩国市民がよそ行きの洋服やインテリア雑貨など日常品でない「買い回り品」を買い物する場所は広島県内が5割。中でも広島市の中心商業地は18%と求心力が強い。お祝い品の購入や映画を見るのは広島という美和町の会社員奥田裕子さん(62)は「広島市西部の商工センターまでは普段の買い物圏内」と話す。

 ▽行政も関係深く

 一方、同じく県境で大都市の福岡市に近い下関市は買い回り品を地元で購入する人が8割を超える。小倉や博多など九州へ買い物に行く人は1割強にすぎず、広島に吸い寄せられる岩国との差は歴然だ。同研究所の安岡和政調査研究係長は「岩国は人口が下関の半分程度で大規模店舗も少ない。広島の大型店は最初から山口県東部までを商圏と考えており、岩国に大型店ができても収益は上がりにくい。一方、下関は長門や萩など広い後背地を商圏にしているので大型店も出店しやすい。素通りされる岩国とは違う」と指摘する。

 行政の分野でも岩国市は広島市を中心とした両県の市町でつくる広域都市圏の枠組みに1993年から加わる。広島の原爆ドームや平和公園と錦帯橋をセットで訪れる観光客も多いことから、岩国にとっても観光や経済の分野で連携する利点は大きい。半面、大都市広島とは切っても切れない関係が深まることにもなる。

 ただ、インフラ整備で広島は近くになったが、交通弱者のお年寄りなどが日常的に行き来できるわけではない。そうした需要の受け皿として岩国市中心部の中通り商店街は歩行者天国を維持し、山間部の農産物即売イベントなどを打ってきた。同商店街振興組合の藤田信雄理事長(57)は「お年寄りでも安心して楽しく買い物できる環境を守ることはわれわれの役割だ」と話す。

 新型コロナウイルスの感染防止で「県をまたぐ移動」のフレーズが世をにぎわせたここ最近。県境の岩国人はその言葉を大げさに感じる一方、自分が山口人だと自覚させられることにもなった。近世は幕府や藩、戦後は米軍と巨大な力に翻弄(ほんろう)されながらも、山口にあって岩国の存在は異彩を放つ。(加田智之、鐘尾佳子)

この記事の写真

  • 待望の開幕戦でカープの得点を喜ぶ福岡さん(右から2人目)たち(6月19日、岩国市)

上記の写真をクリックすると拡大して表示されます。

  • 前の記事へ
  • 次の記事へ

 あなたにおすすめの記事

山口考の最新記事
一覧

  • 肥中街道 室町期、日朝の交易路か【山口考】歴史街道<下> (5/1)

     山口市吉敷の竹林を抜けると、高さ約2メートルの石灯籠が立っていた。肥中(ひじゅう)街道を整備している吉敷地域文化振興協議会のメンバーが2018年、江戸中期にできた灯籠を見つけ、建て直したものだ。松原...

  • 萩往還 参勤交代、息遣い随所に【山口考】歴史街道<中> (4/30)

     「参勤交代では多い時に1600人もの行列が通った」「江戸送りとなった吉田松陰先生が歩いた」「大正期にはところてんを売っていた」。やまぐち萩往還語り部の会の古谷真之助さん(67)の説明は止まらない。案...

  • 岩国往来 藩財政支えた和紙の道【山口考】歴史街道<上> (4/29)

     県内には古くから町や港を結んできた街道が多く残る。中世には貿易品の運搬、江戸期には参勤交代に使われ、幕末の志士が駆け抜けた。その後も市民の生活を支え、観光資源にもなっている。街道の歴史と、関わる人の...

  • 【山口考】伝統芸能<下> 山口エリア (3/29)

     ▽配信・アニメ、次々挑戦 山口鷺流狂言(山口市) 「さりながら、鳴かずばなるまい。ももんが、ももんがももんがももんが」。山口市の山口ふるさと伝承総合センターに独特の節を付けた声が響く。2月上旬、山口...

  • 【山口考】伝統芸能<中> 周南エリア (3/23)

     ▽40代が6割、継承に光明 切山歌舞伎(下松市) 下松市が地域の歴史や文化財を紹介するサイト「郷土資料・文化遺産デジタルアーカイブ」に、新たな資料が加わった。約250年前から地域に伝わる切山歌舞伎だ...