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ALS患者嘱託殺人 命を踏みにじる行為だ

2020/7/28

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者の依頼で、薬物を投与し殺害したとして医師ら2人が嘱託殺人の疑いで逮捕、送検された。2人は患者と面識すらなく、会員制交流サイト(SNS)でやりとりし、報酬を受け取っていたとされる。

 事実なら、女性の求めがあったとしても人間の尊厳を踏みにじる行為だ。

 過去には主治医が患者を「安楽死」させる事件があったが、それとは全く違い、同列に論じることはできない。

 事件は昨年11月に起きた。2人は女性の依頼を受けて京都市内の自宅を訪ね、鎮静剤を投薬、殺害した疑いが持たれている。知人を装い、10分ほどで立ち去ったという。京都府警は胃に栄養をチューブで入れる「胃ろう」から薬物投与したとみている。容疑者の1人の口座には女性から130万円が振り込まれていた。

 日本では積極的に死期を早める行為は法的に禁じられている。医療現場ではこれまでにも回復の見込みのない病気や末期の患者を「安楽死」させたとして、担当医が刑事責任を問われる事件が起きている。

 例えば1991年、神奈川県の東海大病院では、医師が家族に求められ、末期がん患者に薬物を注射して死なせた事件があった。横浜地裁は95年、本人の意思表示がなかったとして殺人罪で医師に執行猶予付きの懲役刑を下した。同地裁はこの判決で「安楽死」が許容される要件として(1)耐えがたい肉体的苦痛がある(2)死期が迫っている(3)苦痛緩和の方法を尽くし、他に手段がない(4)本人の意思表示がある―の4項目を示した。

 京都の事件は患者の依頼があったとされるものの要件は満たさない。主治医でもない医師が金銭を受け取って薬を投与し、命を終わらせるという特異性、悪質さばかりが際立つ。

 背景に優生思想もうかがえる。容疑者の1人のブログには高齢者を積極的に死なせることを肯定するような投稿が残されていたという。

 事件を通じ懸念されるのは、難病患者たちの死の選択を安易に容認する考え方が広がることである。病気や障害を理由に命を絶つことを肯定すれば命の選別につながり、当事者や支える家族の希望を奪うことになる。

 ALSは筋肉を動かす神経が徐々に侵される進行性の難病だ。この女性患者のブログには病気を悲観する一方、治療法などのニュースに希望を見いだすような記述もあったそうだ。

 ALS患者の多くは「死にたい」と思ったことがあるという。それでも周囲に支えられ、生きる意味を見いだしたという人は少なくない。

 その一人、れいわ新選組の舩後靖彦参院議員はコメントを公表し、ネット上に広がる「安楽死を法的に認めてほしい」といった声に懸念を表明した。「こうした考え方が難病患者や重度障害者に『生きたい』と言いにくくさせ、生きづらくさせる社会的圧力が形成していくことを危惧する」としている。

 この言葉をわれわれ一人一人がかみしめなくてはなるまい。難病患者や重度障害者が生きづらさを感じる社会であっていいはずはない。誰もが「生きる権利」を守れる社会の在り方こそ議論すべきである。

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