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【ヒロシマの空白 被爆75年】サーローさん、映画で追う NY在住・被爆2世の竹内さん製作 8・6に放送、日本初公開

2020/7/29
映画「ヒロシマへの誓い サーロー節子とともに」の一シーン。反核パレードに参加する竹内さん(手前右)とサーローさん(同左)

映画「ヒロシマへの誓い サーロー節子とともに」の一シーン。反核パレードに参加する竹内さん(手前右)とサーローさん(同左)

 広島市南区出身の竹内道さん(64)=米ニューヨーク=が、反核運動に半生をささげてきたカナダ在住の被爆者サーロー節子さん(88)を追ったドキュメンタリー映画を完成させた。被爆2世の竹内さん自身が「あの日」を進んで語らなかった亡き祖父と母の思いをたどるシーンも織り込んだ。

 約80分間の「ヒロシマへの誓い サーロー節子とともに」。13歳で被爆したサーローさんの生い立ちや、米国で若者と真剣に語り合う証言活動、被爆死した肉親や級友の無念を胸に核兵器禁止条約の実現を懸命に訴えるシーンなどを収める。

 竹内さんは、サーローさんと同じ広島女学院中高を卒業後に米国へ進学し、現在は日本企業の海外進出を支援する会社を経営。原爆について特に意識せず、過ごしていた。

 ヒロシマ・ナガサキと関わり始めたのは、被爆者を米国内の高校に招く活動を続ける平和団体に通訳を頼まれた10年前。そこでサーローさんと出会い、「誰にもこのような思いをさせない、という被爆者の揺るぎない信念を広く伝えたい」と思い立った。2015年から米国の映像作家とともに映画製作を開始した。

 軍医だった竹内さんの祖父釼(けん)さんは、旧広島赤十字病院の院長として、被爆時に負傷しながら被災者の治療を指示。母孝子さんは入市被爆した。「被爆者と活動をするなら自らの家族史にも向き合っては」とサーローさんから背中を押される中で、広島赤十字・原爆病院で祖父の足跡をたどる。「戦後の苦労も含め、聞いておきたかった」。その思いも映画に込めた。

 8月6日午後7時半からWOWOWで放送。5月にサーローさんも出席して広島市内で上映会を催す予定だったが、コロナ禍で断念。今回が日本初公開となる。竹内さんは「広島の映画館でも必ず上映したい」と話している。(金崎由美)

<各シリーズの初回リスト>

埋もれた名前<1>「一家全滅」 70年余公的記録なし

帰れぬ遺骨<1>「梶山ハル」さん 祈念館の遺影、糸口に

さまよう資料<1>米軍返還資料 標本に急性症状の痕跡

国の責任を問う<1>給付金の「線引き」 「遺族も被爆」が条件

つなぐ責務<1>市民の手で 75年経て肉親記載へ


被爆前の本通り写真など200枚 広島県内7施設「消えた街」保存

ウェブサイト<ヒロシマの空白>

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