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特養おやつ事故、逆転無罪 萎縮せず働ける職場に

2020/8/1

 理にかなった、今回の判決には合点がいく。

 長野県の特別養護老人ホームで7年前、入所者の85歳女性がドーナツを食べた後に死亡した事故を巡る控訴審判決である。おやつとして渡し、業務上過失致死罪に問われた准看護師に対し、東京高裁は罰金刑とした一審判決を破棄し、逆転無罪を言い渡した。

 女性に提供するおやつがゼリー状のものに変更されていたことを確認する義務が、被告にあったのかどうか。それが主な争点だった。

 一審の判決では、申し送りや利用者ごとのチェック表をさかのぼって確認する義務があり、それを怠ったとした。

 二審判決では「一審判決には飛躍がある」と一蹴。申し送りもチェック表もあくまで介護職の間の資料であり、准看護師に対する引き継ぎのものとは認められず、職務上の義務に反するとは言えないとした。

 また、女性は事故の1週間前までドーナツを食べても窒息を招くことはなかった。ゼリー状のおやつに変えたのも嘔吐(おうと)防止が目的で、窒息の予見可能性はなかったと結論付けた。

 予断なく事実を検証すれば、おのずとたどりつく当然の判断といえる。一審の判断には首をかしげたくなる。

 そもそも今回は、職員個人の刑事責任を問うべき事案だったのだろうか。

 わざと引き起こした事故ならまだしも、公訴事実は過失である。施設側と遺族との間で示談も既に成立していた。

 有罪とした一審判決は、全国の介護現場を揺るがした。昨年春の一審判決後、おやつの提供をやめたり、かまずに済む物に変えたりする施設が相次いだ。一、二審を通じ、無罪判決を求める約73万筆の署名も集まった。「何かあれば、個人に責任を負わされるのでは…」と不安に駆られたのではないか。

 今後、リスク回避に軸足が偏れば、昔ながらの「安静介護」に逆戻りしかねない。患者には安静が必要でも、要介護者が安静にしていては自立した生活を取り戻せない。生活の質(QOL)に腐心してきた現場の努力を無にしてはなるまい。

 厚生労働省が導入を促す地域包括ケアシステムでは、医師や看護師、介護士などの専門職が一体となって取り組む「チームケア」が鍵である。訴えられるのを恐れ、専門外に手を出さなくなれば、「チーム」自体が成り立たなくなる。長野の事故では准看護師が、配膳に手を貸したばかりに責めを受けた。

 その点、介護の現場に向けたメッセージと受け取れる判決文の一節には救われる。

 「窒息の危険性が否定しきれないからといって、食品の提供が禁じられるものではない」。加えて、おやつを含む食事は「人の健康や身体活動の維持だけではなく、精神的な満足感や安らぎを得るために有用かつ重要」だとも説いた。

 転倒や誤嚥(ごえん)などの事故は、どの現場でも起こり得る―。そんな前提に立たなければ、実効的な防止策となるまい。

 個々の刑事責任が問われる風潮が強まると、ただでさえ足りぬ介護の担い手確保は一層難しくなる。介護職の待遇改善と、萎縮や不安なく働ける職場の環境づくりこそが急がれる。


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