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焦土のタブノキ

2020/8/7

 終戦直後の東京では余計おなかがすく。そこで当時の広島文理科大に進むが、校舎は原爆で焼失し、れんが造りが残るだけ。闇市に出入りし、研究室で飯ごうの飯を炊く。植物生態学の草分け、宮脇昭さんの自伝にある▲焦土を調べ歩き、爆心地から1・8キロの神社でタブノキの新芽を見つける。枝葉は枯れても根っこは大丈夫だ。照葉樹林文化域の日本列島に根付きやすい樹種だと後年突き止めるが、当時は不思議に思う。鮮烈な出会いだった、と老学者は振り返る▲75年は草木も生えぬ―。きのう平和記念式典で子ども代表も口にした。被爆75年との一致が関心を呼ぶのだろう▲「75年不毛説」は被爆直後、米国の学者の私見を通信社が打電し、日本でも報じられた。マンハッタン計画の上層部はすぐ否定し、放射線被害を過小評価する流れをつくっていく。だが眼前で家族友人が斃(たお)れゆく市民にとって、その説にどんな意味があっただろう。人道にもとる兵器である事実に変わりはない▲宮脇さんは新聞に「若き雑草学徒」という見出しで登場したことがある。今は緑なす広島の街も雑草から再起した。75年先も「風清く/かがやくところ」(ひろしま平和の歌)であれ。

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