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ありがとうの反対語

2020/8/11

 愛の反対語は、何か。辞書を引けば、憎しみと出てくるかもしれない。「愛の反対は無関心」。ノーベル平和賞の受賞者マザー・テレサが残した警句は、今も語り継がれている▲「ありがとうの反対語を知っていますか」。きのう甲子園球場で始まった高校野球交流試合の開会式で、主催者が球児たちに問い掛けていた。答えは「当たり前」。例年なら当然ある入場行進も、ブラスバンド応援や歓声もない。その有り難さに思いをはせてほしかったのだろう▲問い掛けの下敷きになったとおぼしい「あたりまえ」という詩がある。約40年前、がんに倒れた青年医師井村和清(かずきよ)さんの遺稿集「飛鳥(あすか)へ、そしてまだ見ぬ子へ」にある▲〈みんなはなぜよろこばないのでしょう/あたりまえであることを〉。ちゃんと眠れ、朝がくること。声を出せること。食事が取れること。胸いっぱいに息が吸えること。泣いて、笑えること。走り回れること。〈そのありがたさを知っているのは、それを失(な)くした人たちだけ〉▲コロナ禍で誰もが多かれ少なかれ、何かを失ってきた。その代わり、気付いたこともあるだろう。「ありがとう」と「当たり前」の問答にもうなずけたのではないか。

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