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「黒い雨」国側控訴 救済の決断なぜできぬ

2020/8/13

 広島への原爆投下後に降った放射性物質を含む「黒い雨」を巡る全国初の訴訟で、市と広島県、国の3者はきのう、原告全面勝訴とした広島地裁の判決について、広島高裁に控訴した。

 市と県は当初、国に控訴断念と幅広い救済を求めていた。しかし国が救済対象区域の拡大も視野に検討する姿勢を示したため、結局は国の控訴方針を受け入れた。松井一実市長は「誠につらい」と述べ、苦渋の決断だったことをにじませた。

 国が定めた区域の外で黒い雨にさらされた人は少なくない。高齢化が進み、提訴後の5年間に亡くなった人も多い。被爆者同様、残された時間は限りがあるのに、なぜ国は幅広い救済を決断しないのか。本気で救う気があるとは到底思えない。

 地裁判決は、国の線引きの妥当性を否定。区域外で黒い雨を浴び、放射線による影響が疑われると国も認める病気になった原告に、被爆者健康手帳を交付するよう市と県に命じた。

 これに対し、加藤勝信厚生労働相はきのう「十分な科学的知見に基づいたとはいえない」と批判した。受け入れがたい。

 というのも、気象台の技師らによる終戦直後の聞き取り調査を基に国が1976年に定めた線引きについて、地裁は詳細に分析している。その上で「被爆直後の混乱期に限られた人手で実施された」「調査範囲やデータには限界がある」などと判決で明確に妥当性を否定した。

 気象台の調査以降にも、科学的な調査は2度行われている。いずれも、国の区域より4〜6倍ほど広い範囲で黒い雨が降ったとの結論が出ている。

 判決が国の線引きの妥当性を否定したのは、その後の二つの線引きとの客観的比較に基づいている。この姿勢こそ国に求めたい。自らの線引きに固執せず最も実態に沿うのはどれか、国は冷静に考えるべきである。

 今の線引きが実態より狭ければ広くすればいいだけだ。黒い雨にさらされた人たちの公平さを保つことにもなる。国がさらに、区域外で黒い雨にさらされたことと健康被害に因果関係がないと言うなら、その根拠を国が示すのが筋だろう。

 加藤厚労相は区域拡大も視野にスピード感を持って検証するとして、専門家を含めた組織を立ち上げる方針も示した。

 今まで被爆者救済に積極的でなかった国の姿勢を考えると、どこまで期待できるだろうか。

 例えば原爆症認定集団訴訟。相次ぐ国敗訴を受け、2009年、当時の麻生太郎首相は日本被団協と確認書を交わし、「今後、訴訟の場で争うことがないよう定期協議の場を通じて解決を図る」とした。しかし被団協の提案した解決策を国が拒否し、今も訴訟は続く。

 黒い雨を巡っても、広島県や市が10年、独自調査を基に区域拡大を国に求めたが、国が設けた検討会は揚げ足取りのような調査批判が目立った。その繰り返しになるなら、当事者には時間の無駄でしかなかろう。

 そもそも国が本気で区域を広げるつもりなら、控訴せずともできるはずだ。検証とか、専門家組織とか言って、前向き姿勢を装っているだけではないか。

 市と県の責任は重い。国が時間稼ぎをせず、しかも約束通り区域拡大を進めるよう、厳しくチェックする必要がある。

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