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<7> 生涯現役

2020/8/18 13:29

 「漁・海藻編」を掲載中に「高齢の漁師さんがおってじゃねえ」との声が少なからず当方に寄せられた。大田市で天然ワカメを刈って水産加工会社に出荷する雀堂千尋さん(80)、天然ワカメを干して板ワカメにする越堂一さん(87)の二方を紹介したことへの驚き交じりの反応だった。

 「漁」シリーズを始めて1年半近くになる。スクラップ帳を繰ると、これまで取材した漁師さんの数は60人に及んでいた。10歳刻みの年代別でみると80歳代が6人、70歳代が12人、60歳代が最多の17人、50歳代8人、40歳代10人、30歳代3人、20歳代と10歳代が各2人となっていた。

 漁業の後継者難が深刻化して高齢化が進んでいるというのが一般的な見立てだろう。別の角度から見れば、漁業は生涯現役という言葉がふさわしい職業ともいえる。

 それを可能にしているいくつかの要素がある。まず挙げられるのが機械化だろう。高性能エンジンとローラーのおかげで船をこいだり、ロープや網を巻き上げたりする力仕事が大幅に減った。

 山口県周防大島町の桟橋で、タチウオの引き縄釣りから帰港した人が陸ではつえに頼ってよろよろと歩く姿を目にした。船上では背筋がしゃんと伸びていたことだろう。高齢の漁師は釣り漁に多いが、三原市では底引き網漁を元気に続けている88歳に出会った。ローラーを駆使して人力が要る部分はこつをわきまえていれば、網だって引けるのである。

 2番目は、経験が生かせる職業であることだろう。魚群探知機や衛星信号で位置を割り出す衛星利用測位システム(GPS)の導入は進んでも、刻々と変わる潮の流れを読む技能や海底地形についての知識は短期間では身につかない。長年の漁体験を通じて育まれた経験知が物を言う世界である。

 岡山市東部で流し網を50年間余り続ける72歳はサワラの産卵についてめっぽうくわしい。「深場から浅くなる斜面で、強風で起きる波を利用して産んでいる」と話しぶりに説得力がある。どんな様子で網に掛かっているかなどサワラの気持ちになって観察を続けてきた積み重ねは、漁師の大きな財産である。

 3番目に、漁業は老化を防ぐアンチエイジングにぴったりである。日々異なる海の中の様子を知るには、経験という引き出しからさまざまな知識を総動員する必要がある。その結果は漁獲量となってすぐに出るのが面白いし、やる気も出てくる。

 マダイ編で紹介した周防大島町沖家室の古谷正さんに電話を入れてみた。「この10日に88歳になったです」としっかりした声。月に20日間は船で一本釣りに出て「今はハマチじゃね。今年はメバルは少なかった」。毎日の釣れ具合や天候を細かく記す日記は74冊目になった。「100歳まではせわない」と相変わらず意気軒高だった。

 年配の漁業者の記憶力に驚いたことがある。マナガツオ編で「一獲千金」と題して取り上げた愛媛県伊予市の76歳は、息子を率いてローラー五智網を引く腕利き漁師。取材から半年たって電話したのに、当日の漁獲量や値段を昨日のことのようにくわしく覚えていた。失礼な言い方かもしれないが欲得が絡むほどに頭は高速回転し、老けている暇はないのではなかろうか。

 4番目は、高齢の漁師が珍しくなくなったこと。世間全般に人生90年時代と言われるようになったこともあろうが、「もう年だから」と周囲が決めつけたり、本人が諦めたりすることが減ってきたように思う。70歳代でも「あと10年は」と思う人が結構いる。

 ここまで書いてきた当方も当年とって67歳。同世代の人々が地域の漁業を支えており、自分よりはるかに年配の方々も夜明けから漁に出ている。取材者冥利(みょうり)とでも言おうか、なにか心強いような、励まされるような気持ちがしてくるのである。

    ◇

「漁・イカ編」が27日から始まります。

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  • 雀堂千尋さん
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  • 古谷正さん

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