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【武家茶道 新たな時代へ】上田宗箇流若宗匠の1年<11>早朝のもてなし

2020/9/12 20:44
朝茶会で薄茶を点てる若宗匠(奥)。朝の光が障子越しに差し込み室内を照らす

朝茶会で薄茶を点てる若宗匠(奥)。朝の光が障子越しに差し込み室内を照らす

 ▽ガラスの棗 さらりと涼

 こよみの上では秋が立っているのに、そよとも気配は漂ってこない。こんな時だから、一服の涼を味わってほしい―。猛暑日が続く8月下旬、武家茶道上田宗箇(そうこ)流の上田宗篁(そうこう)若宗匠(42)は、親しい知人らを上田流和風堂(広島市西区)に招いた。

 午前5時すぎ。明けやらぬ空には、いくつもの星が懸かっていた。10人余りの客人が三々五々、数寄屋門をくぐる。掃き清め、水を打った玄関先にひんやりとした空気が流れる。

 「暑さの厳しい8月、お茶の世界は最も動きが少ない時季。稽古は休み、茶事の回数も少ないんですよ」と若宗匠。茶席を設けるならば早朝に始め、日が昇り切らないうちにお開きにする。茶事七式の一つに位置付けられる朝茶である。

 懐石と菓子、薄茶を楽しんでもらい、炭手前と濃茶は省くことにした。全て組み込むと、3、4時間はかかることもあって、簡略化したのだ。待合は設けず、会場は書院屋敷の大広間にした。コロナウイルス対策で密を避けるためだ。

 午前6時に茶会は始まった。しらじらと明けてきたとはいえ室内はまだ闇に包まれている。頼りは手ろうそくの火だ。

 若宗匠は「周囲がだんだん見えてくるでしょう。自然の照明の効果を堪能してください」と語り掛ける。懐石や菓子を振る舞い、薄茶を点(た)てる頃には朝日が障子越しに差し込んでいた。客人の輪郭、表情もはっきりと見える。

 吹きガラスの棗(なつめ)、銀の茶杓(ちゃしゃく)、金属製の蓋置(ふたおき)や建水(けんすい)…。いかに涼を味わってもらうか、道具組にも趣向を凝らす。茶碗(ちゃわん)は浅く、口辺が広い「かわらけ斗々屋(ととや)」。湯が空気に触れる面積が大きいため、湯温が下がって飲みやすい。このため夏場によく用いられる。水指(みずさし)は仏アンティークのカフェオレボウル。茶道具ではない物をお点前に使う「見立て」である。

 朝茶会では「亭主はさらり」「客は粘らない」という気配りが大切という。

 亭主は客人が涼しい時間に帰途につけるよう、てきぱきと茶事を進めていく。暑くなってからの片付けは大変だろうなどと、客人は亭主を気遣って時間を延ばさないようにする。

 若宗匠は「集まった面々が親しければ親しいほど座は盛り上がり、時間が過ぎるのを忘れてしまいがち。普段ならともかく、酷暑の時季だから配慮しましょうということです」。

 季節に応じた心遣いもまた、茶の湯の奥深さである。


 ▽初心者向け 道具一式を提供

 「ちょっと照明を落とした方がいいのかも」「もう少し顔を上げてください」

 8月29日、和風堂で撮影会があった。モデルは森脇咲子さん(23)=広島市立大4年=と、嘉手苅(かでかる)佑吏さん(23)=広島大4年。茶室安閑亭(あんかんてい)や松涛(しょうとう)の間で2時間余り、若宗匠はディレクターとして立ち会った。

 2人はともに大学の茶道部で活動しており、若宗匠とも顔見知りだ。作法や手指の動かし方、足運びなど細かい注文や助言に応じ、撮り直しもしばしば。よりよいカットを押さえるため作業は熱を帯びる。

 撮影したカットは、ホームページや季刊誌に掲載する。「茶の湯に興味がある人がこの世界に気軽に入ってこられるように」と和風堂が開発、販売する商品PRに用いるのだ。

 愛好者の裾野の拡大―。若宗匠は始終頭を巡らせているという。

 なぜ「茶の湯を始めるのは大変」と考える人が多いのだろうか。思いついた理由の一つが道具であった。帛紗(ふくさ)なら帛紗、扇子なら扇子というように、道具を一つ一つ買いそろえるのは手間だし、金銭の負担もばかにならない。

 ならば必要な道具をセットにして、学生を含む初心者に手頃な価格で提供しようと決めた。扇子、帛紗、古帛紗、菓子切り、お稽古袋に、期間限定でテキストを付ける。男性用、女性用を用意した。

 今月中の発売を目指し、撮りためたカットの選別を急ぐ。ホームページの編集も若宗匠の仕事である。

 文・林仁志編集委員、写真と動画・高橋洋史、宮原滋。


【武家茶道 新たな時代へ】上田宗箇流若宗匠の1年

 <1>歴史の重み
 <2>来し方行く末
 <3>年越しの茶事
 <4>宝の数々
 <5>慌ただしい日々
 <6>桜に託す思い
 <7>流祖をしのぶ
 <8>夏の装い
 <9>妙味発信
 <10>ヒロシマと向き合う
 <11>早朝のもてなし
 <12>追慕の野点

この記事の写真

  • 玄関先を掃き、客を迎える準備をする。空にはオリオン座の星がきらめく
  • レモンの香が漂う水を味わい朝茶を待つ客。まだ外は暗く手ろうそくの火が頼りだ
  • 朝茶に出した和菓子。夏場は涼しげな見た目、のどごしのよさが尊ばれる
  • かわらけ斗々屋と呼ばれる茶碗(左奥)やカフェオレボウルを転用した水指(中央)、吹きガラスの棗(手前右)…。涼を演出するため道具組に趣向を凝らす
  • 安閑亭での撮影会。モデルを務める大学生(手前の2人)に助言する
  • 写真は茶道具セットのPRに使う。細かい手指の動かし方にも気を配っての撮影が続いた

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