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原発被災者 高裁判決 重い責任、国は自覚せよ

2020/10/5 6:46

 東京電力福島第1原発事故の被災者が、国と東電に賠償を求めた集団訴訟で、仙台高裁は両者の責任を認めた。賠償額は原告3550人に対して約10億1千万円。約2900人に約5億円払うよう命じた一審の福島地裁判決より額を大幅に上積み、救済対象も広げた。

 同様の集団訴訟は全国に約30件ある。初めての高裁判断で、国の責任を認めた意味は重い。

 しかも国には東電と同等の責任があると踏み込んだ。一審は、安全確保の責任は一次的に事業者にあり、国の責任は二次的として、その範囲は東電の2分の1とした。それを覆し、国策として原発を推進し、事業者への規制権限を持つ国の責任を重く見た点は評価できる。今後の裁判に影響を与えるはずだ。

 「事故は自然災害ではなく、明らかに人災だった」。そんな結論を国会の事故調査委員会が既に出している。東電に責任があるのは当然だが、全てを押し付けることはできまい。国は、自らの責任の重さを改めて自覚しなければならない。

 今回も最大の争点は、大津波を予見できたかどうかだった。判決は、政府機関が2002年に公表した地震予測の「長期評価」に基づいて試算すれば、海抜10メートルの原発敷地を超す津波の到来は予見できたと指摘した。

 長期評価については、軽んじていた東電と国の姿勢を批判。「相当程度に客観的、合理的根拠を有する科学的知見であったことは動かしがたい」とした。

 国の責任については、対策を先延ばしにしたがる不誠実な東電の報告を唯々諾々と受け入れ、規制当局に期待される役割を果たさなかったと断罪した。

 規制権限を行使しなかったというわけだ。許容限度を逸脱して著しく合理性を欠き、国家賠償法上、違法だと言い切った。国の「完敗」と言えよう。

 東電が防潮堤を整備したとしても津波は防げなかった―。そんな国の主張も退けた。防げないことを国が具体的に証明していないから、事故は回避できたと認められるとの判断である。

 地裁段階では国を免責した判決も複数あった。その批判でもあろう。各地裁は、津波が想定を大きく上回ったため、対策を講じていても事故を回避できた可能性は低いなどと判断、国の責任を認めなかった。これでは何とでも言い逃れできそうだ。高裁が、より厳密な立証を国に求めたのは当然だろう。

 賠償の額や対象についても、画期的だった。賠償額は、国が定めた中間指針に基づいているが、指針を超える範囲と金額を認めた。指針は東電の過失を前提にしていないため、額が低すぎるとの批判は根強い。今回の判決は、実態に合うよう国に見直しを迫ったとも取れる。

 東電は近年、賠償を求めて住民が申し立てた裁判外紛争解決手続き(ADR)で、国の原子力損害賠償紛争解決センターによる和解案を相次いで拒否している。指針にこだわり過ぎているためではないか。真剣に被災者を救済しようとする姿勢が乏しいと言わざるを得ない。

 事故から9年半すぎたが、なお傷痕は深い。4万3千人が避難生活を続けている。この訴訟では90人を超す原告が亡くなった。国と東電は控訴せず、幅広い被災者を手厚く救済できるよう対応を急ぐべきである。

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