コラム・連載・特集

<8> 所変わればイカの名も

2020/10/5 21:06

 防府市向島の底引き網漁船に乗ってハモ漁を取材した際、さほど多くはないが「ネブト」が網に乗った。備後地区ではとりわけ好まれる小魚で、居酒屋の突き出しに唐揚げや南蛮漬けが出てくる。ところが防府の漁師さんは「白ジャコ」と呼び、ネブトは通じなかった。イシモチとの別名もあるが標準和名はテンジクダイである。

 山口県内の「メイボ」、「背グロ」は広島県内では「ハゲ」(ウマズラハギ)、「小イワシ」(カタクチイワシ)といった具合に、隣り合った県でも呼び方が異なる魚は結構ある。所変われば呼び名も変わる。それが地魚の妙味でもある。

 ところが、前回の連載で取り上げたイカの場合は少々度を越しているように思った。

 日本海で取れるケンサキイカは山陰では「白イカ」と呼ぶ。皮をむいたときの白い色を連想させる。ところが広島の鮮魚売り場では「水イカ」と表示されることが多く、こちらは透き通った身のイメージからだろうか。「赤イカ」との表示も見たことがある。表面の色から来た呼び名で、各地で広く使われているようだ。また、先がとがった形状から「ヤリイカ」と呼ばれることもままある。

 ここから先が、さらにまぎらわしい。「水イカ」は実は山陰や九州ではアオリイカのことを指す。刺し身は甘みとねっとりした食感で知られ、流通量はケンサキイカほど多くない。所により名も変わる例をもう一つ挙げると、「赤イカ」は山陰ではソデイカのことである。全長1メートルにまでなる大型で赤色のイカである。まだある。標準和名のヤリイカはケンサキイカによく似ているが北方系の別種である。餌を取りにいく触腕が短くて目立たないところがケンサキイカと違う。

 「真イカ」と呼ばれるイカも各地で異なる。日本海ではスルメイカだったりケンサキイカだったりする。安芸津三津(現・東広島市)でイカかご漁を広めた進藤松司さんは、最初に仕掛けたかごを上げると「大きな真イカが一匹泳いでいる」と『瀬戸内海西部の漁と暮らし』に書いた。この真イカはコウイカである。要するに場所場所で最も一般的なイカのことを「真イカ」と呼ぶのである。

 広島市中央卸市場ではどう呼んでいるのだろうか。広島水産勤務の「お魚かたりべ」東邦彦さんに聞いてみた。市場ではケンサキイカは「ヤリイカ」か「水イカ」、標準和名ヤリイカは触腕が目立たないことから「手なしイカ」と呼ぶそうだ。大型のソデイカはその色から「紅イカ」、形状から「ミサイル」の別名もあるという。

 なぜイカの呼称はこんなに紛らわしいのか。東さんは「イカは足が早く、昔は産地の周りでしか取引しなかったから土地土地の呼び名で不都合はなかった。それがコールドチェーンが発達して遠くから運ばれて来るようになり、呼び名が混乱するようになった」とみている。

 市場でさまざまな呼び方をしているイカも、取引データを農水省に報告するときにはケンサキイカなどの標準和名を使っているという。

 スーパーなどの鮮魚売り場の表示も、「水イカ(ケンサキイカ)」といったかっこ書きの標準和名を加えてみてはどうだろうか。所の呼び名を使いながら、より分かりやすくなると思う。

    ◇

「漁・ハモ編」を13日から始めます。

この記事の写真

  • ケンサキイカ(萩市須佐の活魚水槽内)
  • アオリイカ(出雲市多伎の定置網で漁獲)
  • ソデイカ(出雲市多伎の定置網で漁獲)
  • コウイカ(岩国市沖のイカかごで漁獲)

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