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新聞週間 コロナ下、真価問われる

2020/10/15

 「危機のとき 確かな情報 頼れる新聞」を代表標語としてきょう新聞週間が始まった。

 標語の通り、身近なところでまた地球規模で私たち人間はさまざまな危機的状況にある。ことしは世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大している。新たな危機のまっただ中である。

 国内においても新型ウイルスについて連日、感染者数や感染防止策が報じられたほか、さまざまな活動自粛の影響やPCR検査の多寡、さらには政府配布の布マスクが論じられてきた。新聞やテレビ、ネットニュースなどのメディアによる報道以外にも、会員制交流サイト(SNS)の情報が膨大に流れる。

 コロナ禍の下で、新聞は信頼できるメディアであっただろうか。

 感染者に関するデータや社会の動き、コロナ感染拡大を防ぐ政府の対応を報じてきた。一斉休校や外出の自粛要請、緊急事態宣言、経済対策…。未知のウイルスが引き起こしたパンデミック(世界的大流行)に混乱するのはやむを得ないとしても、各種対策や政策は果たして適切だったか。今後も検証していかねばならない。

 こんな状況だからこそ正確な情報の発信と、しっかりとした姿勢の報道が求められている。

 不正確な情報が人々の不安を増幅させる面があるからだ。誤解やデマが感染者やその家族、さらには医療従事者に対する偏見・差別を生じさせた。「マスク警察」「自粛警察」といった行き過ぎた反応も見られた。

 一方で「コロナ疲れ」の声も聞かれる。連日、あふれかえる情報に接することで、かえって不安が募り、体調を崩す人も少なくないようだ。

 事実を正確に伝えることが新聞の第一の使命であるのは言うまでもない。今回のコロナ禍においては、社会の動向を注視して何を発信すべきかを意識する必要もあった。

 パンデミックの渦中で新聞はどうあるべきか。反省と自問をし、報道を続けていく。

 権力の監視という使命についても、その重要性の認識をあらためて強くしている。

 というのも菅政権が日本学術会議に介入する動きを見せたためだ。しかも問題点の指摘や批判が相次ぐや、行政改革へ問題をすり替えようとしている。見過ごすわけにはいかない。

 前の安倍政権で「政治の私物化」が指摘された。森友、加計両学園の問題や桜を見る会の問題は、決して終わった話ではなく、追及を続けねばならない。

 政治とカネをめぐる事件も後を絶たない。特に元法相の河井克行被告と妻の案里被告による買収事件は、地元が舞台である上に規模も大きく、目が離せない。引き続き取材に力を注ぐ。

 一方で、権力との距離が問われる不祥事は痛恨事だった。検事長と全国紙記者が賭けマージャンに興じていた。癒着が疑われ、信頼を損なう問題である。

 共同通信の論説副委員長が退職してすぐ、首相補佐官に就いたことにも批判があるようだ。メディア不信を招かぬよう、新聞界は襟をただす必要がある。

 本紙連載「ヒロシマの空白」が新聞協会賞を受賞した。被爆75年の節目であり、被爆地にとっても意義深い。地元紙として原爆の悲惨を伝え、核廃絶を訴える決意を新たにしている。 

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