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悲願の国産ジェットは今

2020/10/24

 YS11を図鑑で見たよと言うと、年の頃が分かる。唯一の国産プロペラ旅客機で、先の東京五輪では沖縄から聖火を運んだ。14年前に鹿児島で民間航路から引退。土地柄か、焼酎をかけてねぎらわれた▲戦後日本の航空機業界には「空白の7年」があったという。軍需産業ゆえに占領下で工場をつぶされ、担い手は失職。何とか技術の復権を、という悲願があったのだろう。YS11は親方日の丸の会社で製造に入るが、赤字が膨らみ10年余りで終わる▲それから半世紀、国産初のジェット旅客機スペースジェット(MSJ)の事業が凍結される見通しだと報じられた。昨年、MRJから改名した後も旗色は良くなかったが▲Mは三菱重工業。業界に精通する作家前間孝則さんによると、YS11の二の舞は避けようと開発は1社で責任を持ち、国が支援したという。国産旅客機を開発できるか否かの最後の機会だという経産官僚の言葉も引く。だが納期遅れが続いたところへ、コロナが追い打ちをかけた▲かつて中国路の空港をYS11で結ぶアイデアが語られた。小ぶりな機体を縦横に飛ばす手は今の時代にも通じる。MSJが試験機止まりで図鑑に載る図は想像したくない。 

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