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前広島県医師会会長 平松恵一氏(79)=広島市中区

2020/11/3 0:00
平松恵一氏

平松恵一氏

地域医療の充実に尽力

 原爆のごう音は4歳の時、母の故郷の上蒲刈島(呉市)に疎開する船で聞いた。いつもの寺参りのため広島市内で叔母と電車に乗っていたら、比治山辺りで被爆していた。「助かった命。ヒロシマの役に立ちたい」と地域医療の課題解決に努めてきた。

 広島市医師会長に就いた2004年、新たな研修医制度が始まり、地方病院の医師不足に拍車が掛かった。市内でも夜間に救急車を受け入れる病院が減った。「救急医療は住民の安心の要。何とかしなければと知恵を絞りました」

 市医師会が運営する千田町夜間急病センター(中区)の開設にこぎ着けたのは09年のこと。開業医たちが力を合わせ、一般の診療所の時間外にも患者の不安に応え、診療するようにした。当時は内科と眼科、今は整形外科と外科も診る。

 高度医療を受けられる環境整備にも心を砕く。県医師会長の時は広島がん高精度放射線治療センター(東区)設立に協力し、県医師会で運営を引き受けた。

 恩師の故津下健哉・広島大名誉教授の「医師も社会的な活動をしなければいけない」という言葉を胸に抱く。医師会の理事たちが専門性を生かして意見を言いやすい組織づくりに気を配った。県医師会長の4期8年の間には、日本医師会の医療安全対策委員長も務め、医療事故の教訓を予防に生かす必要性を説いた。

 会長を退いた今も、ヒロシマと付けた比治山のふもとの病院で診察に当たる。大切にするのは「患者の『話』に耳を傾ける姿勢」。科学的根拠に基づく医療と合わせ、後進の医師に身に付けてほしい資質でもある。(衣川圭)

 ひらまつ・けいいち 京都市生まれ▽1966年、広島大医学部卒▽75年、松山赤十字病院医師▽83年、平松整形外科病院理事長▽2004〜10年、広島市医師会長▽11年、医療法人社団まりも会(ヒロシマ平松病院)会長▽12〜20年、広島県医師会長

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