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学校法人広島女学院院長・同大学長 湊晶子氏(88)=広島市中区

2020/11/3 0:00
湊晶子氏

湊晶子氏

ぶれない姿 学生を鼓舞

 「人に流されない『ぶれない私』を持ってほしい。女性が育たないと日本は駄目になる」。その信念を胸に60年、大学教育の現場に身を置いてきた。広島女学院大(広島市東区)に請われ、東京から縁のない広島に単身赴任したのは81歳の時。米寿を迎えた今も、教育に懸ける情熱は衰えを知らない。生きざまが多くの学生たちを鼓舞してきた。

 多感な時期に戦争を体験した。終戦2カ月前の千葉空襲では、防空壕(ごう)で生き埋めになりながらも九死に一生を得た。「与えられた命を生かそう」と猛勉強し、東京女子大へ。卒業後は奨学生として米国に渡り、キリスト教史を学んだ。「考えを一人称で語れないと世界では通用しない」。5年7カ月の留学生活を通じ、国際社会で生き抜く力も身に付けた。

 現地で同じ奨学生と結婚し、出産後に帰国。すぐに大学勤めを始めた。働く母親への理解が、今よりもはるかになかった時代。「ヘルパーの手を借りてもいい。お金は戻ってもチャンスは戻らない」と支えてくれた夫は44歳で早世した。2男1女の育児と仕事に奮闘した日々。「家では母でも、大学の門をくぐれば女も男もない。全力で仕事をした」と振り返る。

 4年の約束で応じた学長職。請われ続けて続投してきたが、来春辞すると決めた。家族の待つ東京で執筆活動に励む。「報酬が出る職がある時だけをキャリアと呼ぶ人がいるが、私の定義は違う。主婦業も奉仕活動も含め、人生が終わるその日まで全ての労働がキャリアです」。自分色に色づき、自分らしい人生を全うして―。学生にはそんな言葉を贈るつもりだ。(田中美千子)

 みなと・あきこ 仙台市生まれ▽1955年、東京女子大卒▽56年、フルブライト奨学生として米ホイートン大大学院修了▽ハーバード大客員研究員▽2002年、東京女子大学長▽10年、瑞宝中綬章▽14年、広島女学院長・大学長▽16年、ペスタロッチー教育賞

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