コラム・連載・特集

<1>1回目出場(第1回・1950年)〜9回目出場(第20回・1970年)

2020/12/14

2014年大会で右手を掲げて優勝のゴールテープを切る吉田圭太(現青学大)

2014年大会で右手を掲げて優勝のゴールテープを切る吉田圭太(現青学大)

 高校駅伝の強豪として知られる広島・世羅の男子が、12月20日の全国高校駅伝(京都市)に史上3校目となる50回目の出場を果たす。学校創立は1896年で、陸上部は1947年に創部した。50、51年の第1回、2回大会を連覇して全国に「駅伝の世羅」の名をとどろかせると、数度の低迷期を脱して2000年代から完全復活。9度の優勝回数は全国最多を誇る。

 日本を代表する指導者となる坂口泰(中国電力総監督)や岩本真弥(ダイソー監督)、原晋(青学大監督)らを輩出した。現在の部員数は男子が46人、女子は17人。50回目の出場となる男子は5000メートル13分台を4人もそろえ、充実の布陣で5年ぶり10度目の頂点に挑む。間近に迫る大舞台を前に、伝統校がしるしてきた過去49回の激走を振り返る。

1回目出場
第1回(1950年) 優勝 予想通りの圧勝 初代王者に


1950年の第1回大会で優勝を飾ったメンバー(世羅高校駅伝史より)

1950年の第1回大会で優勝を飾ったメンバー(世羅高校駅伝史より)

 記念すべき第1回大会で、「駅伝の世羅」の名前を全国にとどろかせた。1区を19位でスタートしながら、終わってみれば2位を2分22秒も引き離してゴール。新聞各紙も「予想通り」と書き立てた圧勝で、初代王者に輝いた。

 2区荒谷茂生が16人抜きの快走で3位に浮上。3区鍛冶谷順が金足農(秋田)をとらえて首位に躍り出ると、5、6区は谷敷正雄、岡河孝治の両エースが連続区間賞で後続との差を広げた。

 男子生徒は約300人。広島の山間の小規模校を頂点へ導いたのは初代監督の内海冨貴郎氏だった。旧制世羅中時代の1947年に赴任し、質、量ともに充実した練習で選手は着実に力を養った。住民も身銭を切って県外への遠征費などを支援し、大会前から優勝候補と目されるまでに成長。選手、指導者、地域の結束力が、今も昔も変わらない世羅の「駅伝力」の源だ。

◎第1回(1950年) 優勝 1時間46分57秒=大阪コース6区間32`
区間選手名通過順位通過タイム区間順位区間タイム
1区(5`)国藤貢造1917分13秒1917分13秒
2区(5`)荒谷茂生334分03秒216分50秒
3区(6.02`)鍛冶谷順154分49秒220分46秒
4区(5.98`)曽根秀夫11時間14分30秒419分41秒
5区(5`)谷敷正雄11時間30分55秒116分25秒
6区(5`)岡河孝治11時間46分57秒116分02秒

(ここまで 1033文字/記事全文 5512文字)

会員限定の記事です
  • 無料登録して続きを読む
  • ログインする
  • 次の記事へ

 あなたにおすすめの記事

全国高校駅伝50回出場 世羅ヒストリーの最新記事
一覧