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袴田事件の最高裁決定 一刻も早く再審開始を

2020/12/25 6:38

 1966年に静岡県で一家4人が殺害された袴田事件。最高裁は元被告袴田巌さんの再審請求を認めなかった東京高裁の決定を取り消し、審理を高裁に差し戻すことにした。取り消しは裁判官5人の全員一致だったが、2人は「再審を開始すべきだ」と意見を述べている。

 2年前の高裁決定に袴田さんは「うそだ」と声を上げた。一筋の光明がついえたかと落胆した。それを思えば高裁決定の取り消しは朗報に違いない。

 しかし一方で、高裁への差し戻しは再審への審理が長引くことも意味する。願わくは最高裁は判断を一歩進めて検察の抗告を棄却し、直ちに再審開始を決定すべきではなかったか。

 事件当時は30歳の青年も、今は84歳の高齢者である。48年に及ぶ拘禁による精神面の後遺症もあるという。既に社会生活を送っている元被告を「確定死刑囚」という不安定な立場に置くのは人道上問題があろう。

 この事件は静岡県清水市(現静岡市清水区)で起きた。みそ製造会社の専務宅から出火し、焼け跡から4人の他殺体が見つかる。元プロボクサーで同社従業員だった袴田さんが逮捕されて取り調べ段階で自白したものの、裁判で無罪を訴えた。

 80年に死刑判決が確定後、本人や家族による2度の再審請求を経て、静岡地裁が裁判やり直しを決めた。再審開始決定と同時に確定死刑囚が釈放されたのは初めてのケースという。

 高裁への差し戻しは、決まった以上やむを得まい。後は一刻も早く再審へ道を開くべきである。最高裁では異例とも言える裁判官2人の反対意見の重みも踏まえ、高裁は速やかに再審を決定してもらいたい。

 最高裁の決定は袴田さんの犯行時の着衣とされた「5点の衣類」の血痕の変色について「審理が尽くされていない」としている。重大な指摘である。

 事件から1年2カ月後、みそタンク内から見つかった衣類が有力な証拠とされ、有罪と決め付けられた。本田克也筑波大教授によるDNA型鑑定に基づき、弁護団は「衣類の血痕は本人や被害者のものではない」と主張してきたが、今回最高裁は鑑定の信用性は否定した。

 その一方で、衣類の血痕が1年以上みそに漬かれば、黒くなり赤みが消える―という化学反応の再現実験報告書が弁護団から提出されていた。これについては専門的な知見に基づいて検討する必要があると、最高裁が判断したのは当然だろう。

 赤みが消えるなら、衣類発見時の証拠記録にある「濃赤色」の記述とは矛盾する。袴田さんは事件から2か月後に逮捕された。勾留中に衣類をタンクに捨てることなどあり得ない。

 この事件では、再審請求の審理がスムーズに進まない問題も浮き彫りになった。検察側が証拠開示に消極的だったからだと、弁護団はみている。一般の刑事裁判では、裁判員制度の導入に伴って2004年の刑事訴訟法改正で証拠開示を法律上の義務と位置付けたが、再審制度では明文化されていない。

 袴田さんの死刑判決を書いた裁判官は公判中、無罪の心証を持っていた。誤った捜査による冤罪(えんざい)の被害者は必ず救済されなければならない。再審をスムーズに進めるための仕組みを、司法挙げて検討してもらいたい。

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