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人権より国権が重かった

2020/12/27 6:44

 31年前、作家水上勉氏は文化訪中団の長として天安門事件に遭遇した。ホテルの窓から無言で広場を凝視する。やがて軍隊が引いて朝が来た。一人の老人が太極拳を始めるのを見て初めて、声を上げて泣いたという▲水上氏はひたすら現場をスケッチした。心労もあったのか、帰国の翌朝、心筋梗塞で倒れた。幸い命は取り留め、リハビリ中、陶芸にいそしんで自分もいつか入る骨壺(こつつぼ)をこしらえる。随筆集「骨壺の話」は、あの惨事なしには生まれなかっただろう▲だが、日本の政治家や官僚は別のことを考えていたらしい。公開された外交文書で明るみに出た▲当時の宇野宗佑(そうすけ)首相は直後の所信表明演説で事件に一切触れずじまい。各国そろって弾劾すれば、中国を孤立に追い込んで得策ではない―という空気が濃厚だった。人権より経済を重んじればそうなろう。「人権より国権が重い」という〓小平氏の強弁に、その年の秋の経済訪中団も異を唱えなかったようだ▲女性問題でつまずき69日で首相を辞した宇野氏が偶然にも事件に遭遇した。中曽根康弘氏は「政治家は歴史法廷の被告である」と語っていた。骨壺に入っても「被告」となる覚悟を要することが分かる。

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