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ナイルに死す

2021/1/12 6:39

 コロナ禍の巣ごもりで読み返した人がいるのではないか。「ミステリーの女王」アガサ・クリスティの探偵小説である。昨年デビュー100年を迎え、日本でも新訳の刊行が相次ぐ。きょうはその女王の命日▲密室での連続殺人が生む疑心暗鬼、感染症を隠して出歩いた患者が引き金となる事件…。女王の作品が世代や国境を越えて読み継がれているのは、いつの時代も変わらない人間心理の妙が描かれているからに違いない▲もう一つの魅力は、謎解きしながら異国情緒に浸れること。エジプト・ナイル川のクルーズ船を舞台にした1937年の名作「ナイルに死す」は、その代表格だろう。女王が自ら「外国旅行もののなかで最良の作品のひとつ」と認める▲そんな歴史を誇るクルーズが今、感染拡大で存続の危機にある。日本でも人気の観光地。現地の一大産業として人々の暮らしを支えてきたが、海外からの客足が戻らないという。人の移動を阻み、楽しみまで奪ってしまうウイルスが何とも恨めしい▲探偵小説と外国旅行は逃避的志向という点で共通している―。女王の持論だった。異国への旅は当分お預け。ならばせめて小説の中に逃げ込んで心の旅を楽しもう。 

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