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安野光雅さん

2021/1/18 6:46

 運動が嫌いだった男の子は、校庭で遊ぶ同級生を見て空想をしていたという。あいつが今、こう言い、こいつがこう返して…。せりふを皆にあてて眺めるのが「限りなく面白かった」。画家の安野光雅さんが振り返っていた▲空想を膨らませることが、作品の源泉だったに違いない。デビュー作は絵本「ふしぎなえ」。階段や水の流れの先を目で追っていくと、さかさまになったり、元に戻ったり。楽しさにあふれ、子どもも大人も引き込む▲島根県津和野町に生まれ、宇部市の工業学校に学ぶ。「絵のある自伝」には近所の人々の姿やエピソードが文章と絵で生き生きとつづられている。戦争へ向かう時代に人生の機微に触れ、やさしいまなざしと筆致が育まれたのだろう▲国内外の風景を収めた「旅の絵本」シリーズから平家物語の世界、草花まで。見えるものでなく、見えないものを描くのが絵だ―。晩年はそんな思いを強くしていた。絵の奥から詩情が伝わってくるのは、そのせいか▲雲中一雁(うんちゅういちがん)という言葉を「一人はぐれて旅をするおちこぼれ」と捉え、自らに重ねた。訃報が届いたが、絵本やエッセーを手に空想する。雲の上で楽しそうに筆を走らせる絵描きを。

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