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中教審答申 公費増額なぜ求めない

2021/1/31 6:42

 コロナ禍に見舞われた2020年は、学校教育にもその役割や存在意義を問い直す1年だったに違いない。長期休校が明けると、今度は感染防止対策に追われる日々が続いた。

 ことし新しい時代へと歩みだすに当たって、一つのよすがが示された。小中高校などの教育のあり方について、中教審が答申を26日まとめた。

 答申の総ページの3分の1を割いた総論にも、転換期を迎えた時代認識やこれまでの学校教育への反省が随所で目に付く。

 〈「予測困難な時代」であり…答えのない問いにどう立ち向かうのかが問われている〉

 〈「正解(知識)の暗記」の比重が大きく…「自ら課題を見つけ、それを解決する力」を育成するため、他者と協働し、自ら考え抜く学びが十分なされていない…〉

 給食もある学校という場が、子どもの「居場所」やセーフティーネットとして福祉的な役割も果たしていたのだと、広く再認識された点にも触れている。

 目配りの利いた、共感できる総論といえる。問題はしかし、各論である。

 二つのキーワードとして、一人一人に応じた「個別最適な学び」と「協働的な学び」を掲げている。前者は、1人1台の端末と高速ネットワークを整備する「GIGAスクール構想」に絡めたものだろう。後者には、明治期以来の伝統を引き継ぐ姿勢がうかがえる。どちらも学び手の側、子ども視点に立っている点はうなずける。

 だが、もう一方の当事者である教員側の支援については踏み込み不足の感が拭えない。

 「個別最適な」指導の補佐役としての期待感が先行するデジタル端末については、かねて教員の技術や指導力の不足が指摘されてきた。

 「協働的な」指導は、学校そのものを「協働的な」環境に整えていく必要がないか。スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーといった専門スタッフの常勤化が望まれよう。教育に意欲と関心を持つ人材を現場支援に送り込むNPO法人との協働も考えていい。

 教員ばかりが、課題を抱え込まないようにする態勢づくりは欠かせない。

 答申では、さらりと触れただけだが、採用倍率の低下が近年目立つ教職志望者の人材確保は大きな問題である。肝心の教職員定数改善計画は05年度に定めた第7次の計画以降、策定されていない。

 教員の働き方改革に資する思惑も込め、答申が改革の2本柱に挙げた小学校高学年への教科担任制の導入と高校の普通科再編だけで済む話ではあるまい。

 心に留めておくべき統計がある。国内総生産(GDP)に占める教育の公的支出の比率だ。経済協力開発機構(OECD)が昨年公表した数字では、日本は2・9%にすぎない。加盟国平均の4・1%に大きく水をあけられている。少子化で在学者の割合が低い事情もあるとはいえ最低レベルだという。

 今回の答申は、学習到達度などの目安としてOECD比較を引き合いに出しながら、対GDP比率について触れずじまいだったのは理解に苦しむ。

 教育費は未来、そして希望への投資である。それ相当の公費投入を強く求めるべきだ。 

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