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浮かび上がる動機 未解決、元尾道市長夫妻殺害事件 41年目の真相<前編>

2021/2/6

佐藤勲さん(左)と英子さん佐藤勲さん(左)と英子さん

浮かび上がる動機 未解決、元尾道市長夫妻殺害事件 41年目の真相<前編>


 公共工事に絡む贈収賄事件で起訴され、公判中だった元尾道市長佐藤勲さん=当時(52)=と妻英子さん=同(45)=が同市浦崎町の自宅で惨殺されて9日で41年を迎える。捜査は勲さんの交友関係の広さなどもあって当初から難航。動機もつかめぬまま時効を迎え、犯人は闇に消えた。しかし、いまなお残る現場や関係者の話をたぐると、金銭トラブルの可能性も浮かび上がる。尾道市民を震え上がらせた戦後最大の凶悪事件の謎を2回に分けて検証する。(川村正治)

<メモ>元尾道市長夫妻殺人事件

 「扉を開けると目の前に英子さんが倒れていた。慌てて病院に戻って知らせました。亡くなっていると思いました」。第1発見者の元看護師女性(76)は1980年2月9日朝の状況をこう話す。女性は医師である勲さんが自宅横に開いた病院で働いており、病院に来ない勲さんを迎えに行ったところだった。
 

左奥が勲さんの寝室。ドアそばに妻の英子さん、その奥に勲さんが倒れていた。第1発見者の女性は「洗面台の水が出しっぱなしになっていた」左奥が勲さんの寝室。ドアそばに妻の英子さん、その奥に勲さんが倒れていた。第1発見者の女性は「洗面台の水が出しっぱなしになっていた」

 病院職員らが駆け付けて救命行為をしたが現場は血の海。勲さんは首などを切られてほぼ即死状態で、英子さんは背中などを中心に35カ所も刺されていた。 

 「元市長夫妻が自殺」という知らせで急行した県警は室内の金庫(重さ65キロ)が木棚から引き出され、祝儀袋などが散乱していた状況などから強盗殺人事件と断定。福山西署に捜査本部を置いて捜査を始めた。

見取り図見取り図

殺害現場につながる階段。勝手口から広い1階を素通りし、犯人は一直線に2階の現場に向かっていた殺害現場につながる階段。勝手口から広い1階を素通りし、犯人は一直線に2階の現場に向かっていた

金庫をこじ開けようとした形跡なし


 ところが、現実には勲さんの財布は手つかずで残され、英子さんの所持品にもなくなったものは確認できなかった。県警は佐藤邸脇の倉庫で犯人が残したとみられるニッパーやたがねなど工具4点を発見。事件数日前に尾道市内で買われたものと確認した。だが、今も佐藤邸にある金庫は物色されただけで、こうした工具で犯人がこじ開けようとした形跡もまったく残っていなかった。

 佐藤邸は延べ床約467平方メートルもある一部2階建ての豪邸。地元では「浦崎御殿」と呼ばれていた。完成からまだ3年半。広い家屋の2階で夫婦が別々の寝室にいることを知っている人間は少なかった。それなのに、犯人は電話線を切断してから邸内に侵入。2人の寝ていた2階まで一直線に階段を上って凶行に及んでいた。

勲さんが寝ていた寝室のベッド。犯人から首を切りつけられた勲さんは書棚の前まで数歩よろめいた後に絶命していた勲さんが寝ていた寝室のベッド。犯人から首を切りつけられた勲さんは書棚の前まで数歩よろめいた後に絶命していた

「恨み」に絞り込む


 手口は極めて残忍。手袋をしており、指紋は出なかった。殺害後に2階の洗面台で手や凶器の刃物を洗ってから立ち去ったとみられるが、勝手口のドアノブには血痕が付着していた。 

 県警は物取りではなく、内部に詳しい人物による犯行との見方を強め、事件発生から2年半後に動機を「恨み」に絞り込んだ。

犯人が侵入、逃走した勝手口。内側のドアノブに血痕が残っていた犯人が侵入、逃走した勝手口。内側のドアノブに血痕が残っていた

犯人が残したニッパーやたがねなどが見つかった倉庫犯人が残したニッパーやたがねなどが見つかった倉庫

95年に時効成立


 ただ、用意周到さと冷徹さが垣間見える行動に「恨みがあってもあんな犯行は普通の人間はできない」と考える捜査員も多かった。

 殺し屋による贈収賄事件の口封じ説、案内役と実行役に分かれた複数犯人説も浮かんだが、結局は1995年2月に時効が成立。犯人は闇に消えていった。

 事件から41年。犯人を追う捜査員はすでにいない。しかし、長男で尾道市議の佐藤志行さん(62)は確信めいた思いを抱いているという。鍵は寝室に散乱していた借用書。「動機は金銭トラブルではないかと思うんです」

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