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【ヒロシマの空白】広島市雑魚場町にあった洋風建物「南部教会」

2021/2/21 21:04
戦前の広島南部教会。現在、国道2号沿いのファミリーレストラン「ガスト国泰寺店」がある辺り(上西薫さん提供、広島南部教会所蔵)

戦前の広島南部教会。現在、国道2号沿いのファミリーレストラン「ガスト国泰寺店」がある辺り(上西薫さん提供、広島南部教会所蔵)

 木造家屋が並ぶ一角で、洋風の建物が目を引く。広島市雑魚場町(現中区国泰寺町)にあった日本基督教団広島南部教会。爆心地から約1・2キロで壊滅した。外観を捉えた写真で確認されているのは、この一枚だけだ。

 関係者がまとめた資料によると、教会は1929年に設立され、英語学校や幼稚園を併設する布教拠点となった。33年に火災で焼失し、翌年に礼拝堂が再建されたという。

 広島流川教会(中区)が戦時中に発行した週報は、南部教会に教会員たちが集まって43年11月、「聖戦必勝祈祷(きとう)報国会」を開いたと記す。戦況の悪化に伴い、市役所に近い雑魚場町一帯は建物疎開で取り壊しの対象となったが、教会は原爆が投下されるまで残った。

 田頭千代吉牧師夫妻や多くの信徒が犠牲になったため、被爆前や被爆時の状況は不明な点が多い。設立75年を迎えた2004年、当時の内藤智基牧師(47)たちが資料を整理する中で写真を見つけた。41年まで近くに住んでいた上西薫医師(故人)から、80年代に寄贈されていた。

 戦後に南部教会は南区で再建し、今も幼稚園を営む。後藤慧牧師(34)は「歴史の礎として写真を後世へ引き継ぎ、子どもたちに教会の歩みを伝えたい」と力を込める。(桑島美帆)

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