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関千枝子さんの苦悩と仕事

2021/2/28 6:41

 昨年の8月6日もその女性の姿は広島市内の慰霊碑前にあった。「75年たった今でも友人の声が夢で聞こえる」。建物疎開作業中に被爆死した級友をしのんだ。コロナ感染拡大のさなか高齢を押して東京から参列。突き動かしたものは何か▲女性は関千枝子さん。同じクラスの45人のうちあの日、作業を欠席していた関さんら7人だけが生き残る。亡くなった同級生の足取りと最期を克明に追って「広島第二県女二年西組」を出版したジャーナリストである▲素直に「助かってよかった」とは言えない―。そう語っている。作業を休むと非国民と言われた時代に、下痢をして自宅で休んでいた。「非国民が災厄を免れた」と、自嘲気味に記してもいる。生き残りの複雑な思いに駆り立てられた▲毎日新聞などで記者をした後、フリーに。「平和大通りは少年少女の墓場だった」と記す晩年の著作もある。広島市のシンボル的な道路も、多くの生徒が作業に駆り出されて戻らなかった地であることを忘れないでと▲関さんの訃報が届いた。生き残りの使命として被爆者の声を刻み、残した生涯と言えるだろう。その仕事と苦労を今、同級生たちがねぎらっているに違いない。

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