コラム・連載・特集

サウジ記者殺害の真相 「現場の暴走」ありえぬ

2021/3/4 6:36

 3年前のサウジアラビア人記者殺害について、米政府は「サウジのムハンマド皇太子が殺害する作戦を承認していた」とする報告書を公表した。

 トランプ前政権がまとめていたものの、サウジに配慮して公開を避けていたのをバイデン政権が公表した。人権重視の外交姿勢を明確にしたのだろう。

 記者のジャマル・カショギ氏は2018年10月にトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館で殺害された。米国在住でサウジ王室に批判的な立場だった。

 言論の自由は民主主義の根幹だ。いかなる言論も暴力で封じることは許されない。

 「国境なき記者団」によると、20年には世界で50人の記者が命を落としている。国外の重大事件も取り扱うドイツの検察当局に対し、同記者団が、皇太子らを告発したのも当然だ。サウジは国際社会が納得する説明を尽くす必要がある。

 サウジ側は当初、殺害そのものを否定していたが説明が二転三転。「現場が暴走して殺害した」と認めた。だが、自国外の総領事館という外交問題に発展しかねない場所での犯行だ。現場の判断だけで行われたとは考えにくく、当初から皇太子が関与した疑念を持たれていた。

 凶器が事前に持ち込まれ、トルコ当局が録音した音声などからも計画的、組織的な暗殺であることがうかがえた。トルコのエルドアン大統領は「サウジ政府最高レベルからの指令」と指摘し、国連の特別報告者も19年に「皇太子へのさらなる調査が必要」と勧告していた。

 米の報告書はこうした見方を裏付ける。皇太子がカショギ氏を国家にとっての「脅威」と見なし、沈黙させるために必要なら暴力的手段に訴えることも指示したと結論づけている。

 これに対し、サウジは不確かな仮定や推論に基づいているとして「完全に拒絶する」と反発している。だが、皇太子の関与を認めないのなら説得力のある根拠を示すのが先だろう。

 皇太子は高齢の国王に代わってサウジの実権を握っている。トランプ政権下で進められたアラブ諸国とイスラエルの関係改善にも大きな役割を果たしてきた。サウジは主要産油国であり、巨額の武器購入国でもあり、各国にとって軽んじることのできない存在には違いない。

 ただ、こうした政治的、経済的な力をちらつかせ、国際社会を沈黙させる意図がサウジにあるとすれば看過できない。

 報告書公表に伴い、ブリンケン米国務長官はサウジ人76人への査証発給を制限すると発表した。米財務省も皇太子側近や皇太子の警護隊を、資産凍結を含む制裁対象に追加した。

 しかし、皇太子本人は制裁対象とはしなかった。米政府は長期的な国益を守る最善の道であると説明し、サウジに「改革」を促すことにとどめた。報告書の公表は評価できるが、制裁も視野に入れるべきではないか。

 日本政府もこれまで原油確保を懸念してか、この事件にはほとんど触れてこなかった。腰が引けた感は否めない。

 サウジが真相解明にきちんと向き合わないのであれば、法治国家とはいえまい。米国だけではなく日本をはじめとする国際社会も、サウジに対し、民主主義や人権、法の支配を重視した姿勢で臨むべきだ。

  • 前の記事へ
  • 次の記事へ

 あなたにおすすめの記事

社説の最新記事
一覧