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107歳の自由人生

2021/3/5 6:37

 出来の悪い筆を持て余しつつ、それでも一気に線を引いてみる。すると思いも寄らぬ豊かな形になるときがあるという。不思議な力に導かれた水墨の抽象画家、篠田桃紅さんの訃報が届いた▲「自由」という言葉がこれほど似合う人生はないだろう。「川」を表すのに何も縦3本の線でなくてもいいはずだと書道界から前衛芸術の道へ。最初に作品を認めたのはGHQ関係者という。単身43歳で太平洋を渡る▲敗戦から11年。プロペラ機がアラスカより手前のアリューシャン列島で給油していたころだ。芸術家が集うニューヨークのグリニッチビレッジに暮らし、感性を磨いた。2年後に帰国すると一躍、時の人に▲松の根を燃やし、その煤(すす)を固め、磨(す)って水と合わせる。相反する火と水の出合いから生まれる墨は「いつも裏切る。手なずけられない」のが魅力だそうだ。単色だが「あらゆる色が見える」とも。その濃淡に己の人生を投影してきたのかもしれない▲数え103歳のエッセーに「自由という熟語は自らに由(よ)ると書く。私はそうして生きている。孤独で寂しいという思いはない」と記した。自分一人を頼みに日々を過ごす。積み重ねた107歳の大往生である。

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