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「そうま」と名付けた新しい命

2021/3/12 6:42

 <花は相馬(そうま)に、実(み)は伊達(だて)に>とうたう民謡がある。江戸の世の奥州にあって、相馬氏と伊達氏の藩境争いを巧みに仲裁した故事を伝えている。華のある野馬追(のまおい)で知られる土地には、やはり花か▲「あの年に生まれた長男は『そうま』です」と明かす太田圭祐(けいすけ)医師に会う。漢字は「相馬」ではないが、その名を呼べば被災地を忘れないだろうと名付けた。あの日は福島・南相馬市の公立病院勤め。妻とおなかの子を名古屋に残して修羅場にいた▲治療の優先順を付けるトリアージのさなか、津波が病棟まで数百メートルに迫ってきた。津波の次は原発の水素爆発に驚き、何が起きたか分からぬ現実に素手で向き合う▲「立てこもり医療」と呼ぶ。患者には退院してもらい、若いスタッフを先に避難させた。皆と心中すると叫ぶ看護師の妻を夫が叱って連れ帰るのも、それでいいと見送る。「僕も一人の人間です。聖職者じゃない」。それでも太田さんはとどまった。患者か家族か、究極の選択は本来あってはならぬと振り返る▲10年前、あまたの人生が一度に失われた。つぼみのままの人生も、円熟した人生も。だが、そうまさんと同い年の子の成長を思えば、少し光が差してくる。

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