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決別 金権政治

「数の論理」桧山広島県議の源泉 参院選で案里陣営を支援【決別 金権政治】<第5部・あしき慣習>(2)

2021/3/13 23:07
定例会会期中の3日、県議会棟に入る桧山

定例会会期中の3日、県議会棟に入る桧山

 広島県議選の告示を控えた2019年3月。ある候補者によると、自民党の元県議会議長、桧山俊宏(76)が事務所を訪ねてきたという。桧山は陣中見舞いの祝儀袋を差し出すと「まあ頑張れ」と声を掛けた。「受け取れません」と固辞したが「いいから、いいから」と置いて帰った。

 ▽古い政治の体質

 開封していないが、祝儀袋には現金が入っていると思った。桧山とは選挙区が違い、選挙区内での政治家の寄付を禁じた公選法には抵触しない。当選したら桧山の会派に入ってほしいということだろうか―。そう感じ取った候補者は後日、祝儀袋を桧山に送り返したという。

 この候補者は県議選で当選後、桧山の会派には入らなかった。「お金をもらうと、政治活動がしばられることにつながる。それは有権者のためにならない」。「政治とカネ」のしがらみとは一線を画した活動を模索する。

 1991〜03年の12年にわたり議長を務めた桧山。当時、県政界の「ボス」的な存在だった。この間の県議選で初当選した元県議はあいさつで議長室を訪れた際、桧山から当選祝いとして10万円を渡されたという。「古い政治の世界を生きてきた政治家。親分、子分の関係にしたかったのだろう」。自身も桧山が所属する自民党会派に入った。

 議長在任中、桧山が事実上率いる自民党会派は常に県議会の最大会派だった。議長就任初年の91年には48人が在籍し、県議会の定数の7割を占める圧倒的な多数を誇った。数の力が桧山の政治力の源泉だった。

 潮目が変わったのは、3期目の議長任期が終わりに近づいた03年4月。桧山の議長続投に反発する13人がこの自民党会派を出て、新会派を設立。直後の議長選では新会派と他会派が連携して擁立した新田篤実(故人)が過半数を取り、桧山の4選を阻んだ。

 ▽買収関与を否定

 その後、桧山が属する会派は県議選のたびに所属県議が減少。19年7月の参院選広島選挙区に立候補する河井案里(47)がいなくなると、同年春の県議選後には桧山1人になった。

 そんな中で迎えた参院選。桧山は案里を後援会員に紹介するなど精力的に支援。夫の克行(58)=衆院広島3区=とともに選挙戦を支えた結果、案里は激戦を制し、初当選した。

 案里、克行とも桧山を「政治の師」と仰いでいた。克行は9月の内閣改造で法相として初入閣。自民党県連内には「桧山復権」を警戒する県議もいた。

 しかし翌10月、案里陣営の公選法違反疑惑が浮上。克行は法相を辞任した。さらに克行と案里が地方議員らに現金を配ったとされる大規模買収事件が発覚。桧山の後援会事務所などが検察の家宅捜索を受けた。検察は河井夫妻を起訴したが、「被買収者」と認定した100人に桧山は含まれていなかった。

 案里の公判では、克行が現金配布先を取りまとめたとみられるリストに桧山の名前と金額があったことも明らかになった。桧山はこれまでの報道陣の取材に、現金の受領や買収行為への関与を否定している。中国新聞は今回、取材を要請したが、桧山は応じなかった。(敬称・呼称略)

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